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(アニメ)太陽の王子ホルスの大冒険

1968年に発表された日本のアニメーション映画。
いや活動動画と言うべきか。
野比のび太声で有名な小原乃梨子、当時20代として実に若々しい声優として出ているだけでなく、
東野栄二郎、
市原悦子等々
なんとも豪華な声優陣。
個人的に美しい女の子の声を市原悦子がやっているのが一番引っかかった(笑)。

ストーリーは至極ありふれたものだが、手書きのアニメでよくここまで表現できたなと感動を覚える。

宮崎駿、高畑勲という日本を代表するアニメクリエーターの勃起期的な作品であることは否定できない。同時に60年代でここまでの活動動画を作ることが出来た意味は極めて大きい。

最近欧米や韓国等で流行っているレベルのものとは、申し訳ないが桁が違う。

日本が世界に誇るべき活動動画の原点。
アニメーションを学ぶにはまずここから見るべきであることは言うまでも無いだろう。

# by masatonet | 2012-04-15 21:18 | ヒトリゴト日記 | Trackback | Comments(0)

狂日本語:「たのむからやめてくれ」第7回

最近、変な日本語が多すぎる。その大半は、言語力低下の大人が作った物。
誰かが言い始め(大半は馬鹿な芸能人だろうが)、一気に広がって行く。

ここ数日で特に気になったうちで我慢できなかったものは

「そうなんですね」

以下会話(外交員:G 私:M)

G:外壁塗装のセールスです。
M:宣伝用チラシがございましたらポストへ入れておいて下さい
G:あの、私工事部のものなんで、チラシを持っていないので直接ご説明を・・
(アホウである。人の時間をなんだと思っているのか)
M:今、取り込み中ですから
G:そうなんですね
M:・・・・・・


そうなんですね・・・。どうしてこんな「人を愚弄する言葉」を平気で使えるのか。ここ半年で非常に増えた。子供だけではない。大人の国語力が低下してきた。ITの弊害だ。

そうなんですねぇ・・。なにがそうなのか!(笑)まったく馬鹿馬鹿しい。同意を求めているのか、意味不明に同調したいのだろうが、低脳な人間ほど、「そうなんですね」「なるほどですねぇ」などと自分の無知をボカす言葉を使うことに長けている。


そうなんですねぇぇ〜。

たのむからやめてくれ!!

# by masatonet | 2012-03-11 10:56 | ヒトリゴト日記

IT業界に趣味を吸い取られた人達

一体何が起こったのか。
情報革命って人権侵害なのか。

コンピューターと言われてるものが、「パソコン」と変わり、電話が「固定電話」と変わった現在、
人たちは何を右往左往しているのだろうか。

テレビが茶の間に入って来て、家族の団欒をぶっ壊したのと同じに、
携帯電話の通話代と新機種乗換だけで毎月1万か2万もかかる。パソコン本体の更新も必要!?
これでは、若い世代は、趣味らしい趣味を持とうとすると必然的にITから遠ざかる生活を余儀なくされる。考えることが出来ない人たちは、当然のようにITへ投資し続けている。

IT業界へ金が動きすぎだ。

孫正義が東北震災へ1000億円寄付した是非はともかく、スティーブジョブズがアップル社を世界一の時価総額の企業に育てたのも、

現代人が、
ITに盲目的になりすぎているからではないだろうか。

かくいうこのようなブログもその渦中にある。まさに笑止。

豊かに様々な価値観がドンドン生まれてくるはずの今世紀。
ITというたかがツールであり手段であるものに、それが、それを持つことが目的になっている現代人。
馬鹿馬鹿しいことこの上ない。

まさにこのIT時代は無駄なゲームをやり続けているのと同じだ。
情報を得たり、オンラインで人と知り合ったりすることがそれほど大切なのか。

もっと、自己を、己一人で磨くことが必要なのではないだろうか。

さもすると、そのくだらない渦に飲み込まれそうになってしまいがちだが、
毎日毎日、自分に戻る必要がある。

そのために、音楽を聞く。演奏する。
デジタル時代に「個性の崩壊」という点で大きく警鐘を鳴らしたい。

# by masatonet | 2012-03-07 18:30 | ヒトリゴト日記

がんばれ日本!


本年は素晴らしいことがあります。
去年あれだけ大変だったからです。
間違いありません!

# by masatonet | 2012-01-01 21:36 | 掲示板

Intel MacでClassic環境を動かす

ちょっと初期設定に時間がかかりました。
が、

ほら、この通り!


sheepshaverを使えば
IntelMacでもOS8.5をエミュレート出来そうです。

古いアプリを復活できます。


感謝

# by masatonet | 2011-12-14 09:43 | Macフリーカー | Trackback | Comments(0)

あんたら一体何者?

某別紙で好評だった内容を省略して転載。
私がいつも疑問に思っていることをそのまま綴る。

私の近所でいつも毎週土日に帰ってきている40代女性。
子供を連れて実家に毎週帰っているのである。
この時点で疑問が起こらない貴方はすでに奇人。
大体離婚直前ならともかく、結婚後どうして女が毎週毎週実家に帰るのか。
親より大きい車を買ってローンにおわれているのだろうか?
たしかにその女もその実家にいつも停めてある車の2倍くらい大きな車に乗っている。家の駐車場には実家の車が駐めてあるので、路上駐車をせざるを得ない。馬鹿にでかいので横を通りづらいことこの上ない。ただここで問いたいことはそんなくだらない駐禁の問題や愚かなローンの問題ではない。

どうして、婿養子でなく、嫁いだ女が実家に子供を連れて毎週帰ってくるのか

である。
聞くところによると、結婚後夫と共にかどうかはともかく、離婚をするわけでもないのに妻となった女性が彼女の実家に毎週、場合によると毎日?!帰ることが多いようだ。

だって、あんたら嫁いだんでしょ?!
本当に、と・つ・い・だ・の?

って聞きたくなるほど怪奇な現象が見て取れる。別に独身族らを哀れむ暇があったら既婚者達のその怪奇現象も徹底的に調べて欲しいと切望するわけだ。

すでに夫の「家」に嫁ぐという発想は完全に崩壊しつつある。
そもそも既婚女性が子供を連れて毎週実家に大型車に乗ってニコニコしながら帰ってくる。しかも、馬鹿な実家のジジ、ババが大声で「じゃあね!また来週来てね、おばあちゃん待ってるからね!!」なんて大声で叫んでいる。

これが毎週行われる。周りにはばかることなく路上駐車し、大声で騒ぐ。盆正月なら分かるが、それが毎週行われると

あの女は、出戻ったのか

と思わせるが、実際はそうではない。夫も連れて帰ってくる。皆でワイワイ騒いでいる。一緒にファミレスに行く。遊園地に行く。

え?!

である。

しかもその実家のババに言わせると
「妻の実家に婿と孫を連れて帰ってくる。それが家族にとって一番良いのよ」
なんてほざいている。

ち、ち、ちょっと待て!!

ということは、今のサラリーマン夫婦の大半は妻の実家を中心に運営されていて、夫はまさに

人質

な訳である。しかも不幸かな。その夫の不甲斐なさと言ったら無い。妻の尻の下に敷かれるのに終わらず妻の実家にもしっかり気を遣いまくる。確かに気を遣うこと「だけ」は上手い。なぜって、毎日会社で上司や得意先にやっているように妻の実家で振る舞えば良いわけだ。

しかもこの話はこれで終わらない。

その夫の実家がありふれたサラリーマンで妻の実家もそうならどんぐりの背比べだろう。
しかしそうでない場合もある。

夫の実家はそれなりの旧家。妻の実家は大したことない。ただ、結婚式でははったりで名門校だの一流商社だのとまるで自慢大会を繰り広げた結果、不幸にも旧家側が一歩退いたとしよう。
後は、嫁の独壇場。まして子供でも出来たら完全に嫁の実家に入り浸り。

だって、あんた夫の姓になったんでしょ? 夫の実家の伝統や家訓は全く子供に伝わらないまま、姓だけ変わって妻(嫁)の実家の管理下に置かれる。そんな子供は一体何者なの?

姓だけパパで中身は全て(実際全てに近い)ママ。

尻に敷かれっぱなしの夫
やりたい放題の100%自己中心の妻
姓だけ父側でアイデンティティ不明の子
バカ丸出しの妻の実家
ここまでは羞恥心が皆無になった者達

息子(夫)のため?!を思って退いた夫の実家
彼らはプライドを捨てざるを得なかった被害者達


あ・ん・た・ら
一体何者?

# by masatonet | 2011-11-27 18:41 | ヒトリゴト日記 | Trackback | Comments(0)

サンバレーSV-501SE 300B真空管パワーアンプ

苦労は買ってでもしろ!
とはよくいったものだ。

銀ハンダにはかなり苦労したが、やはりアンプの製作は楽しい。


メイン基板


メインボディに部品を取り付けて・・。


ボディー裏に基板を付け


合計3つの基板をつけると


できあがる。
丸二日は掛かった。いや三日だったかな(笑)。
実に楽しい時を過ごせた。


真空管を付けて、スイッチON!
ドキドキするが、20センチくらいある300Bという真空管二本が灯ると
やった!\(^_^)/

出来てた音は、どことなく懐かしい音
やはりクラシックの弦の音を優しく、有機的に鳴らしてくれる。

しかしどことなく、古い感じの音がしている気もする。
ブルーレイディスクで映画を見ていた直後に八ミリ映画をみるような。

でも、至福の味わいはたっぷりと。




# by masatonet | 2011-11-11 16:07 | オーディオ | Trackback | Comments(0)

iOS5

最新版iPhoneおよびiPadOSであるiOS5
使い勝手は向上したし、なんといっても同OS上で動作するiTunesの音質が劇的に向上したのは実に喜ばしい。

しかしとっても邪魔アプリが登場。

News standという雑誌購読用のアプリ。消すことが出来ず、しかもフォルダにいれて整理することが出来ない。これは

とっても邪魔

であることこの上ない。

グーグルで

「newstand iOS5 消去方法」
と検索すると
出るわ、出るわ(笑)。

なんとフォルダーに入れることが出来た。
かなりゲーム的な操作が必要になるが、邪魔者が消えてスッキリ。

しかしNews standを入れたフォルダーはバグっているが・・・。

# by masatonet | 2011-11-06 19:40 | Macフリーカー | Trackback | Comments(0)

Myスタイル2011

テレビ、ケイタイを一切排除し、
iMacをライトに使い切り、オーディオにひたすら凝る。
アナログレコードを色濃く毎日聴ける、気持ち良さと心のゆとりある生活。
デジタルは日進月歩を懸念し、iPod、iPadをもとにWADIAの簡易トラポで気楽にかわす。

今年のビッグイベントはやはり

MC500とC46
PS-500
そしてレコード熱再来。

だった。

来年はさらに進化する。

# by masatonet | 2011-11-02 17:26 | ヒトリゴト日記 | Trackback | Comments(0)

レコード市



大体クラシックファンなのでLPレコード市ではついついクラシックメインで買ってしまうが、今回はビルエバンス中心に買いました。エバンスだけでも15枚以上。クラシックは1枚あたり200円から1000円くらいですがジャズだと1枚3000円を超えるLPもざら。

過去最大のディスクセールだったようですが、私の購入したLPレコードの合計も過去最大。

一見置き場がなくなってきているが、
そこは掃除好きである私の腕の見せ所。

膨大なレコードが新たに6畳間に入ってきても、以前と変わらないレイアウト。
棚も増えることなく、床の上や壁に立てかけたままのレコードも一切無い。

一人で持てない量のレコードがやってこようとも
それらは皆、私のウサギ小屋書斎の中に綺麗に収まった。

# by masatonet | 2011-10-30 15:56 | ヒトリゴト日記 | Trackback | Comments(0)

アラフォー、アラサーに驚くなかれ。10代、20代日本人はもはや宇宙人。

こんなことが起こっているならまだアラフォー、アラサーと呼ばれた方がよほどましだと思えてならない。今の10代20代に「日本人の心」を見いだそうとすべきでない。
彼ら彼女らは全く宇宙人だ。
99.98%そうである。
日本人に化けて主人公の周りに潜み、主人公を殺して食べようと隙を狙っているのだ。
特に10代後半と20代前半の女子を見ろ。
彼女らが発する「ヒトのことば」のようなものを聞いてみろ。
あれはもう獣人だ。
人間ではない。

おお、神よ。我ら迷える子羊たちを憐れみ給え。
変えることが出来るものと出来ないものを区別する心の安らぎをどうぞ与え給え。


とあるネット上にあった情報より。
(引用ここから)

洋画が危機なのだという。
字幕の漢字が読めず、それが理由で
劇場に行くのをやめる若い観客が増えているのだそうだ。
私が観たテレビの特集では、「第三の男」を見せられたコギャル三人が、
難解(?)なセリフと漢字の続出に退屈しきっている様子が映し出されていた。

そこで、翻訳する側も平易な意訳を心がけ、
やむを得ず使う漢字にはルビを振って対処しているらしい。
まあ、昔の「立川文庫」の少年小説にはすべて漢字にルビが振ってあったと聞くし、
そんな時代への回帰だと思えば腹も立たないか。

現に、私もあるテレビドラマに携わったとき、
「中学生に理解出来るレベルで書いてください」と注文された経験がある。
「難しい言い回しはそれだけでチャンネルを替えられます。
クドイくらいに分かりやすくお願いします」

というわけで、「名状し難い思いで」とか、
「暗然と虚空に目を泳がす」などというト書きは当然のようにご法度。
まあいいかと、「複雑な気持ちで」とか、
「落ち込んだ視線をさまよわせる」と改めるのだが、
本当はそれでもまだ難しいらしい。

「慄然と」は「キャッと」、「憤然と」は「キレて」、「唖然と」は「ヤバいと」。
「嗚咽」も「噎び泣き」も、「涕泣」も「貰い泣き」も、区別なくすべて「号泣」。
「銃声」は「バーン!」、「急ブレーキ」は「キキーッ!」、
「固唾を呑む」は「ゴクリと」。

てな具合に書けば、若いスタッフ・キャストのノリも良く、
視聴者受けも見込まれて20%超えのヒット番組が出来上がる。

というわけでもないだろうが、
せめて「入り口は浅く、出口は深く」という方法論でも模索しない限り、
「考える」という行為をとっくに放棄している若い観客たちの、
奥底にひそむ感動を誘うのは不可能な時代になったことだけは確かなようだ。

# by masatonet | 2011-10-23 20:44 | 掲示板 | Trackback | Comments(0)

iOS5.0


ジョブズが亡くなって、初めてのビッグイベント。
過去最大級のアップデートだ。

しかし、バックアップ中にエラー発生。
これも初めて(笑)。

結局、初期設定から全てやり直し。
しかし、アプリやメールフォルダーの内部データはしっかり残っていました。


バックアップデータはかなり大きいもの。

アップデートにはかなりの時間掛かります。
どの意味でも過去最大級のアップデートです。


# by masatonet | 2011-10-14 09:18 | Macフリーカー | Trackback | Comments(0)

コンピューター業界のMJが死んだ日



どうやら本当のようです。
これからがアップル社の正念場でしょう。
ジョブズのないアップルはいつも船頭無しでダメだったから。
ジョブズが作ったものの焼き直しを続けてしまう可能性大。
一人のジョブズファンとして
お悔やみ申し上げます。



# by masatonet | 2011-10-06 09:50 | Macフリーカー | Trackback | Comments(0)

TU-870Rのモノラル化



2つのTU-870R。
片CHたった2Wステレオアンプをモノラル化することで、何が改善されるか。

そして、その効果はいかに・・。

# by masatonet | 2011-10-01 00:01 | オーディオ | Trackback | Comments(0)

6BM8真空管アンプキット(2)


メインボディー上部。左の2つが出力トランス。右の大きなのが電源トランス。この状態で結構重量がある。

メインボディ内部。トランスからのケーブルでゴチャゴチャしている。


電源トランスのカバーを付けた。



ヒューズとスピーカー端子を付ける。


メイン基板を付けた。コンデンサーが結構大きい。


テストで電源ON! 無事に真空管が灯った。


本体に貼り付けるシール類。貼るとなんだか既製品みたいだ。


取り付けたパネル。写真右はボディーの下カバー。左はコーションの黄色シール。



全て取り付けが終わったTU-870R。



横から。


後から。シールを貼ると様になっている。

製作所要時間 約6時間
(*^_^*)

# by masatonet | 2011-09-28 11:52 | オーディオ | Trackback | Comments(0)

6BM8真空管アンプキット(1)

真空管アンプキット いつかは作ってみたかったですが、とうとう買いました。

値段は約2万円。赤ちゃん持ちのパパのお小遣い範囲だろう。


全パーツ。程よい量だと思う。


これがメイン基盤。2枚に分けて使うようだ。


基盤を眺めていたら、「ピンポーン」とインターホンが鳴ってグレードアップパーツが届きました。まさにベストタイミング!!

後で配線する際に使うピンを半田付け。半田ごては実に20年ぶりに握った。半田ごての先が真っ黒。温度がなかなか上がらない(>_<)


何だかんだで、メイン基盤完成しました! ここまで所要時間約3時間。


コンデンサーを付けた。基板らしくなった!


ここでグレードアップパーツのコンデンサーを・・・。


取り付けた。初心者には見栄え良い基板だ。


ボリュームを付けた。


ボリュームのアップ写真。なんだか頼りない。


ボディーカバーは茶色の模造紙で包まれていた。


早速スイッチを付けた。この時点で付けない方が良かったのだが・・・。


これが出力トランス2こ。大きさのわりに重いが、かなり小さい。


出力トランス2個はボディーカバーに取り付けた。
袋に包まれているのは電源トランス。意外と大きかった。

# by masatonet | 2011-09-28 11:48 | オーディオ | Trackback | Comments(0)

映画 ノックは無用

米 白黒。1952年
マリリン・モンロー。
どうしてモンローはこんな役ばかりなのかと思ってしまうが、幸か不幸かこういう役がピッタリなのだろう。なにも説明しなくてもセクシーさが溢れているのは、観客はモンロー自体に勝手に自分の「セックス癖」を当てはめて見ているからかもしれない。
他の映画でも少し気になったが、モンローのシーンは撮り直しが少ないのか、それとも出来なかったのか、彼女の仕草がダブっているところがある。そのままになっているところからすると監督達も苦労したことだろう。

今回のモンローは精神病院から退院したばかりの情緒が不安定な女性を演じている。
このような演技を見る度に実際に起こった彼女の悲劇的な死を暗示しているように思えてならない。実際、これほどの演技をするためには彼女自身の心をよじれさせ、自身を立ち直れないほど憂鬱にさせたに違いない。比較して悪いが、最近の日本の時代劇やテレビドラマに出てくる人気アイドル達の演技全てが「茶番」であるとすると、このモンローの演技は彼女自身の人生をかけたまさに「命がけ」の演技だと言い切れる。

恋は実らず、来るべき恋は壊される。決してハッピーエンドではない。
どちらかと言うとバッドエンドなのだろうが、モンローが演じると単なるバッドエンドで終わらないのが非常ににくい。

精神が不安定である感じを出し続ける、ずっと宙ぶらりんのまま歩き続ける様、まさにモンロー演技の醍醐味の一つであろう。

# by masatonet | 2011-09-21 00:14 | ヒトリゴト日記 | Trackback | Comments(0)

映画 裏窓

米 カラー。1954年
ヒッチコックのサスペンス映画
全てセット。明らかに「人工的に作り上げた風景」の中だけで物語が進んでいく。
自室から全く動けない主役ジェフこと、ジェームズ・ステュアートが退屈しのぎに窓の外から見える近所の人たちのドラマを想像力働かせて見ていくストーリー。

一見、単なる「のぞき」もので退屈そうだが、実際は結構引きつける。
ヒロインのリザをグレース・ケリーが演じているので、女優の「美」は100点。さすがモナコ王妃になっただけはある。ただ、いくらヒッチコックのお気に入りだったとは言え、彼女の美しさはこの映画だけだと100%発揮できていない感がある。

映画の後半はストーリー展開も速まり、身動き取れない主役の代わりにヒロインが動き回る。

しかも、ただ「高みの見物」に終わらず、スリル感が程よくあり、見ていて面白い。
2枚目俳優と世紀の美女のクールな恋物語というサイドストーリーも味な物だ。

# by masatonet | 2011-09-20 23:58 | ヒトリゴト日記 | Trackback | Comments(0)

映画 第三の男

英 1949年 白黒。
ジョゼフ・コットン主演。木訥とした演技がよく似合う。ドギマギしたり、突然乱れたりとジョゼフ・コットンの演技自体が、その不可解さあふれる演技自体がこの第三の男のストーリーの厚み作りに一躍買っている。モンローの映画で演じていたジョゼフ・コットンより、やはり第三の男の主役としての彼の方が明らかに「脂がのったうま味100%」の好演であることは間違いない。

そして悪役ハリー・ライムを熱演したのは、かのオーソン・ウェルズ。学生時代にはイングリッシュ・アドベンチャーのナレーションで聞き慣れたあの名優だ。しかしこの映画に出てくるオーソン・ウェルズは若い。あの極めて渋い声ではない。しかし独特な表情で演じるその悪役ぶりには固唾をのんだ。個人的にオーソン・ウェルズは英語の恩師でもあるので悪役をやって欲しくなかったが、やはり彼はこういう役がピッタリなのだろう。もっともオーソン・ウェルズは映画撮影時にいろいろなトラブルを起こしていたようだ。私生活はともかく、やはり彼は個性派俳優でお気に入りNo.1だ。

「スイスの同胞愛、そして500年の平和と民主主義はいったい何をもたらした? 鳩時計だよ」
という原作にないオーソン・ウェルズの台詞は賛否両論あるようだが、強力なメッセージであることは否定できないだろう。闇雲にヒーローを狙う憎らしい悪役ではなく、悪の美が前面に溢れている。テーマ曲も有名。アントン・カラスのダイナミックでもあり、可憐でもある演奏が映画の随所で堪能できる。

映画中の演出もすばらしい。陰影を巧みに生かしたミステリアスなアーティスティックは白黒映画であることもあって本作を単なるサスペンスに終わらせることなく、名フィルム・ノワールへと「美術的作品」へと昇華させている。

# by masatonet | 2011-09-19 10:48 | ヒトリゴト日記 | Trackback | Comments(0)

映画 風と共に去りぬ

第12回アカデミー賞作品 1939年 カラー。
DVD2枚組。200分以上の大作。
いつかは見てみようと思っていたがなかなか見るチャンスがなかった。
クラーク・ゲーブルは2枚目俳優。3本のアカデミー賞作品に出演している。
主役はヴィヴィアン・リー。美しい女性の基軸とも言える。
オリヴィア・デ・ハヴィランドも優しい演技。彼女が東京生まれだったことには驚いた。しかも現在も健在。風と共に去りぬに出演するために一騒ぎしたそうだが、映画中では一転、騒ぎを収める役だったのが滑稽だ。
どの俳優達も圧倒的演技力で、最近よくあるような大スペクタクルや爆発シーン無しに観客を引きつける強力な脚本とキャスティングである名映画だ。
黒人差別色が強い。反ニグロ映画ではないとは言え、要所に出てくる白人至上主義的な描写は今となっては全くいただけない。

いくら多くの男に言い寄られても自分の想った一人の男を振り向かせるために必死になる。
つまり想うようにならないこと自体が想い続けるきっかけになっていて、幻想を追い求めているヒロインの姿がなんとも悲哀に満ちている。
自分にとって一番大切なものはすでに自分の周りにあるにも関わらずそれを見ようとはせず、恋の幻惑をさまよい続ける。
最後には、風と共にすべてが去って行く。
しかしそれをただ泣きながら見つめるのではなく、また希望を求めて大地に根を下ろす。
極めてメッセージ性の高い作品である。

# by masatonet | 2011-09-14 09:51 | ヒトリゴト日記 | Trackback | Comments(0)

映画 モンテカルロへ行こう

白黒 仏映画 1951年
ヘップバーンが出ているが主役ではない。
保育所のちょっとしたミスからとんでもない話に展開していく、いかにもフランスらしい映画。
聞くところによると日本では未公開の映画らしい。
「この子は誰の赤ちゃんなの??」を巡るジャズバンドメンバーのドタバタ騒ぎ。
ミュージカルであるが、ストーリー展開はすこし意外性も含んでいる。
ヘップバーンがフランス語と英語を巧みに使いこなしているところは見どころ!
性的描写は皆無だが、話題がどことなくセクシー。
退屈になるならない、いろんな意味でギリギリの映画でもある。

# by masatonet | 2011-09-13 08:31 | ヒトリゴト日記 | Trackback | Comments(0)

映画 ナイアガラ

映画 ナイアガラ 1953年
米。カラー。マリリン・モンロー。
モンローは悪役、悪女で登場。かの有名なモンローウォークが拝める映画です。
ナイアガラの滝にまつわる殺人ミステリーですが、ストーリー自体は単調です。
マリリン・モンローのミステリアスな死を予見したようなストーリーで鑑賞後なんだがスッキリしませんでした。とは言いましてもモンローの演技はしっかりしていて、わざとらしさは見えません。可憐さはなくなり、まさに「セックスシンボル」のモンローを見ることができます。

なんといっても見所はモンローが随所で着ているド派手なドレス。あのドレスを着こなせるのはモンローくらいでしょう。映画の中でジーン・ピーターズに「私があのドレスを着こなすのは13歳くらいから準備し始めないと・・・」と言わせたのには笑いました。しかしこの台詞というジーン・ピーターズが少し男性らしいのにもうけましたが・・(笑)

ヘップバーンでの「あの帽子」(マイ・フェア・レディ)と言えば、モンローだとこの映画で見せたドレスというくらい強烈な印象を与えてくれます。
健全な演技役としては、ミスオハイオに選ばれたというジーン・ピーターズ。一瞬「え!?ジュディーアンドリュース??」と思いましたが違いました。モンローといい、ピーターズといい、この映画の女優達は美女ばかりです。
一方、男優達はそれほど目立つことはありませんでした。第3の男で有名なジョゼフ・コットン。演技は落ち着いていて、見ていて楽。この映画では観客に恐怖を与える役だがそれほど恐怖は味わえませんでした。

モンローも決して幸福な最後ではなかった。ジーン・ピーターズも億万長者と結婚しても幸せにはならなかった。美しい女性達が幸福になるには、美しい故に苦難の道のりがまっているようです。この映画でモンローに降りかかった悲劇のように、美と幸福の両立はかなり難しいのではないのでしょうか。

# by masatonet | 2011-09-06 23:48 | ヒトリゴト日記 | Trackback | Comments(0)

BR-ONE オヤイデ・ターンテーブルシート


LPプレーヤーにゴム製のシートを載せてみた。
効果は抜群。

試聴LP1
ノラ・ジョーンズのCome away with me

SideAより
6.Shoot The Moon

7.Turn Me On

BR-ONEを使用すると明らかにSNが上がった。デジタルならDACを換えた以上に変化をもたらしてくれました。
特に6.Shoot The Moonの導入部分のギターソロでは一音ずつの音の分離が使用前に比べると極めてクリアーに変化。ノアのピアノタッチも滑らかになったようで高域のキラキラ感は少なくなる一方、ボーカルが一歩前に出てきたような音場の前後感が綺麗に聴き取れる。また低域が程よくはねるようになった。
次曲7.Turn Me Onではかなり低い低域が録音されていてそれを中心にチェックしてみた。期待することは低域のさらなる締まりだ。
BR-ONEを使うと低域の沈み方はそれほど変わらなかった。締まり方も使用前よりややソフトになった感はあるがぼやけてはいない。大きく変わったのは中高域。ボーカルが手前に出てくる。それにやや沈みかかっていた音域も浮かび上がる。高域はやはりピアノのキラキラ感は一掃。さらに上へ伸びているがソフト感がある。やはりゴムの特徴であろうか。背景が静かになったことこの上ない。



次に、試聴LP2
エラ・アンド・ルイ(Ella Fitzgerald & Louis Armstrong)

これのLPでは全曲通して効果抜群。BR-ONEを使うと低域がまるで違う。低域から濁りがとれ見通しが良くなったら驚いた。ボーカル帯のSN向上は顕著で一音一音が綺麗に分離している。「さしすせそ」もきつくなくなった。全く団子にならない、、と良いところばかりだ。ルイのトランペットの肉付きもより充実し、ボリュームを下げてもボーカルのエコーをしっかり聴き取れる。やはりここでも背景が静かになったことこの上ない。



m(_ _)m

# by masatonet | 2011-09-06 16:08 | オーディオ | Trackback | Comments(0)

30個ほどの言葉しか知らない高校生達

私が日々会っている高校生達。
よく彼ら彼女らの話を聞いているとたった30個程度の言葉しか使っていない。
ホノボの実験ではあるまいし、なぜそれほど言葉に無頓着になってしまったのか。
驚くべきことは女子高生の話し方である。
化粧や髪型や洋服を気にする前に話し方を変えるべきだ。
まさにMade me grossの枢軸がそこに感じ取れる。

ここに2011年、中高生、はたまた大学生達の選んだ21語を記録しておく。

1,がち (がちで?)
2,こいつ
3,いらん(いらんだろー)
4,ないだろ
5,きもい
6,しねや(しね)
7,オレ的(オレ的には)
8,ふつーに
9,やばい(やばくねぇー)
10,てか(つか)
11,は?
12,なんでなん(なんなん)
13,ぶっちゃけ
14,ありえんし(ありえんくねぇ−)
15,いらねぇ
16,めっちゃ
17,みたいなぁ
18,ふつーに
19,まじ(まじで・まじすか)
20,むかつく
21,〜ってる

例えばこのようになる。

つか、は?、まじで、しねや。(対象が生物で無くても使われる。女子高生も使う)

めっちゃ、くそやばくねぇー。(「とても」は死語。「めっちゃ、めっちゃ」と連発する)

がちで、は?、こいつ ふつーに ありえんし。(「こいつ」は無生物にも使う)

ちなみに「がちで、は?、こいつ ふつーに ありえんし。」を訳すとこうなる。
実際全く意味が分かりません。私の経験では想定できないことが起こっていて理解に苦しみます。

考えるに、彼ら「未来の日本人達」の言葉は極めて簡略化されているので、すばやいコミニュケーションにはうってつけだろう。しかし日本には美しい形容詞がいっぱいある。それを忘れて欲しくない。言葉は感情を置き換えるだけの道具では無く、自分の考えを述べるための「思考通路」だ。
問題は、「未来の日本人達」がこのような言葉しか使わなくなることによって彼ら彼女らの「思考」まで単純化してしまうことだ。そうなると諸外国の思う壺だ。

もし、学生でない貴方がこのような言葉を使っていたら、すでに手遅れかもしれない。
一刻も早く離脱を計らないと一家全滅しかねない。年齢を超えて伝染するのだ。

しかし、世の中すべてを20語そこらで表現しようとするこの試みは、一体誰が始めたのだろうか。

# by masatonet | 2011-09-04 14:27 | ヒトリゴト日記 | Trackback | Comments(0)

映画 尼僧物語

オードリー・ヘプバーン(1959年)
キリスト教、修道院内の物語。
ヘップバーン演じる尼僧ルークは医師の父を持ち医学の知識をもつ。
コンゴ奥地で現地の人たちに医療活動で貢献したいと願うが思うようにならない。
試練(人智を越えた出来事)が多く起こり、そのたびにルークの心に葛藤が生じる。
大変な修身の結果、皆に愛され、敬愛される尼僧になって行くのだが最後は修道院を後に去って行くルーク。
女優業をやめ、子育て、ユニセフ親善大使の道を歩み出したヘップバーン自身の人生の縮図をそこに見て取れる。この尼僧物語で演じたルークがヘップバーンの精神生活に多大な影響を与えたことは言うまでも無いだろう。
まさに、生い立ちからその生き様においてオードリー・ヘプバーンこそが出来た名演がこの映画にある。
ローマの休日はヘップバーンの可憐な部分が取り上げられていたが、この尼僧物語ではヘップバーンのアイデンティティを巧みにメタファー化したものを見ることができる。
キリスト教色が極めて濃いので大半の日本人の精神性とそぐいにくい、理解しづらい部分が多いが、精神的活動が迷走している今日、万人に見て欲しい名作であることは疑いの余地が無い。

# by masatonet | 2011-08-22 12:30 | ヒトリゴト日記 | Trackback | Comments(0)

のび太の0点の答案を考える


大長編ドラえもん のび太と日本誕生に出てきたワンシーン
ストーリーは原作で何度も読んでいるがアニメ版をひさしぶりに見てみたときに気になったポイントはただ一点ある。それは、

のび太は一体どんな問題を解いて
どのように間違っているのだろう

ということである。

テストの詳細は次の通りである。

野比のび太 0点

1 次の計算をしなさい
(1)230 x 80 = 2070
(2)673 + 20 = 1346
((3)と(4)は分数問題のため割愛する。詳しくは上のキャプチャーをご覧下さい)

2 4個で200円のアイスクリームがあります。1個のねだんはいくらですか。
 (式) 200÷4 = 80 答( 80円 )

3 1個30円のリンゴを5個と1個25円のみかんを7個買いました。全部でいくらですか。
 (式)30+25+5+7 = 67 答( 67円 )

4 20分間に60cm進むかたつむりは、1分間に何cm進むでしょうか。
 (式)60÷20 = 80 答 ( 80cm )

算数5-1(37)

以上だ。
とんでもない考えちがいをしているのでは無く、基本的な計算ミスや計算量不足による0点であると思われる。ドラえもんとの生活で文章読解力はそこそこついているようで文章問題を計算式にする作業には一定の理解力を見て取れる。
実際、今の子供達を指導すると、この部分、つまり文章から計算式、文章からあらたな文章という作業が極めて困難であることが多いことを考えると、
のび太のあやまりは

2011年型では無く

1980年型
あるいは
それ以前

であるように推察も出来る。
ただし、この計算ミスを減らすには小学校低学年からの算数計算の再学習が必要だろう。

意外に、のび太には国語力があることがこの答案から見て取れる。




こちらは宇宙漂流記から。
上が幻惑での答案。
下が地球での答案。
ここから分かることは、のび太はやはり100点を取りたいのだ。わざと0点ばかりとっているのではないのである。また、簡単な問題を解きたいという思いもあるようだ。

(追伸)
大長編ドラえもんの日本誕生でギガゾンビを演じたのはあの永井一郎。アニメ版サザエさんでは波平さんの声をも担当されている。
悪さ、憎さたっぷりのギガゾンビの笑い声。永井一郎さんの名優たる堂々とした演技におもわず唸ってしまった。ちなみに永井一郎は京都大学仏文科卒らしい。二度驚いた。

# by masatonet | 2011-08-21 17:16 | ヒトリゴト日記 | Trackback | Comments(0)

ヒックとドラゴン(ドリームワークスアニメーション)

ヒックとドラゴン(2010年)
米。原作、How to train your Dragon。
ここ10年来流行のフル3Dアニメーション。
やはり人間の表情の不自然さが気になるUSの3Dアニメだが、その飽きさせないストーリー展開と圧倒的なスピード感には脱帽。ドリームワークスアニメーションスタジオ万歳である。
背景のリアリティ、雲や海の水の揺らぎ等、実写と寸分違わない。CGもここまで来たかと思わせる。
ドワーフ(バイキング)達のヒゲや毛皮の服の動きが「現実」以上にリアル。
アメリカンドリームというか、おなじみハッピーエンドであるが、ディズニー作品のように100%ハッピーエンドで無いところがまたニクい!

最近見た3Dアニメーションではトップレベルの作品で一押し。
WoWのレイダーを5年以上している私から見ると、このアニメ中に多く出てくるドワーフたちのデザインはWoWの影響をかなり受けていると感じた。また実際WoWではDragonにMountすることが中心なのでその影響も大かと。WotlkのT7レベルの話とこのヒックとドラゴンの雰囲気がかなりダブって面白かった。おそらくコアなWoWプレーヤーのウケも狙ったのだろう。


2013年にこのヒックとドラゴンの続編が出るようで、今から楽しみだ。

# by masatonet | 2011-08-16 23:19 | ヒトリゴト日記 | Trackback | Comments(0)

最近見た映画のミニ感想2

百万長者と結婚する方法(1953年)
カラー。ラブコメディ。
ベティ・グレイブル/マリリン・モンロー/ローレン・バコール
ローレン・バコールがほぼ主役。かのカサブランカのハンフリーボガードの実妻。
マリリン・モンローの眼鏡バージョンが見られる。「眼鏡ファン」にはお勧め。またモンローのド近眼演技も愛らしさたっぷり。ベティ・グレイブルの演技は極めて普通。
クールビューティーのローレン・バコールの演技は見事。
全体的にやや退屈な感じがある。とくに映画冒頭の5分以上のオーケストラ撮影は蛇足というしかない。もっとも面白いのはやはり最後の10分部分。
お金を持っている人は女性を幸せにするとは限らない。
お金を持っていなさそうな人が実は大金持ち。
お金持ちの「お金」に羨望するだけでは本当のお金持ちと絶対出会えないし、出会っていても決して結ばれない。ローレン・バコールがそういう女性をクールに演じている。
婚活云々、くだらないことを言う前に
全ての未婚女性に見て欲しい映画である。




お熱いのがお好き(1959年)
白黒。マリリン・モンロー。コメディー。
女装したトニー・カーティスとジャック・レモンが繰り広げるコメディ。
話のテンポが非常に良く、気軽に見ることができる。
モンローの演技も「バタ臭い」感じは皆無。アメリカのセクシーシンボルであったことも頷ける。
ボディーラインはさすがに素晴らしいが、この映画の撮影当時モンローは妊娠していたことを考えるとちょっとやり過ぎの演技や服装が多かったことは否めない。(まあ、この辺がバタ臭い部分か)
個人的にマリリン・モンローは好みではない(彼女の乱れまくりの私生活を含む)が、この「お熱いのがお好き」で歌ったりディープキスをしまくるモンローを見ると「極めて可憐」に見える。さすがの演技力はアメリカきっての一大女優だ。

# by masatonet | 2011-08-16 09:29 | ヒトリゴト日記 | Trackback | Comments(0)

悲劇を見ることへの準備教育

アニメ フランダースの犬(1975年)
全52話。日本アニメーション。原作者ウィーダ。
ヒーローはネロという貧しい少年。
ヒロインはアロアという裕福な少女。
人々の偏見が起こした悲劇。しかもその偏見にそこまで「人の罪」を負わせる必要があるのかと痛烈に感じさせるほど、ネロは重い十字架を負い、死へ一歩一歩近づいていった。まさに「きりひと賛歌」の小山内桐人(おさないきりひと)こと幼いキリストがダブってくる。いやネロの心はそれ以上に痛烈な死への道、それに追いやる人々の「悪心」のカオスで覆い尽くされてしまう。
このフランダースの犬で風車小屋への放火の疑いをかけられ村八分になってしまったネロの姿を見て、私の脳裏にある強烈な声が蘇った。
それはマタイ受難曲(BWV244)の50曲目"Aus Liebe Will Mein Heiland Sterben"で繰り広げられる合唱隊の叫びだ。

十字架につけろ!
十字架につけろ!
十字架につけろ!
十字架につけろ!

人々は「なにをしているかわからない」ままそう叫び続けた。

まさに、ネロはハンス、コゼツによって十字架につけられたのだ。
美しい心を見ることができない、見ようとしない大人達にとって「全財産」まで投げ出さないと十字架につけられた人の真心を発見できなかった。迷える子羊達である。
しかし、人間とは実に可笑しな生き物だ。人の幸せを、自分の幸せを祈りながら、実際は人の不幸を心の奥底で願っている。他人の不幸なんて願ったら自分も不幸になるなんて当然のことを知っていながら。ネロが幸せになることを祈り、最後凍死してしまう結末を嫌うにもかかわらず、その死と自分の今の境遇を比較し「まだ、私の方がましだ」と胸をなで下ろす。悲劇を自分の踏み台にして悠々と生きている。私たちはなんと下劣な生き物だろう。

この悲劇は世の中に多くある悲劇を見ていき続けるための準備教育に他ならない。
ネロが悲惨な最期を遂げる。それが最重要点なのだ。この最重要点は変更不可能なのだ。死がもたらす、清らかな人の死がもたらす「悲劇」から、卑劣な私たちは自らがすべて「罪人(つみびと)」であることを自覚すべきなのだ。


しかし、、、
それは、
その展開は、
聖書で十分ではないのだろうか。


・・・・・
・・・・
・・・
・・

家賃を払える当てもなく身も心も引き裂かれたネロはハンスと約束したとおり家を出て行くことにした。家賃の足しにと家財道具を一切を机の上に出し、書き置きをして家から吹雪荒れ狂う外へ出た。しばらく歩いた後、突然強風が吹きネロを空高く押し上げそのまま大きな垣根に叩きつけてしまう。それによってネロは気絶してしまう。気がつくと家の中。横にはミシェルがやさしく付き添っていた。まもなく、ハンスやコゼツが他の人たちと共に部屋の中になだれ込んで謝罪を始める。皆がともにやさしい心でつながったことに喜ぶネロとアロアだった。
その後、ネロは長年おじいさんと暮らした思いで溢れる家で一人暮らしを続けようとするが、コゼツがネロを一人のままにはさせなかった。アロアとエリーナが毎日訪れネロの家事を手伝ってくれた。ネロの後見人になったコゼツはネロの金銭面をすべて負担し、実の子アロアに匹敵するほどネロを寵愛する。その後まもなくパトラッシュは亡くなり村を挙げての葬式が行われた。
毎日ネロはコゼツが用意した専用馬車で美術学校へ通う。改心したハンスは心を入れ替えたと思いきや、ネロに変わって新しく虐めるターゲットを得、皆に隠れて陰湿ないじめを続ける。ハンスに虐められた人はハンスを激しく恨み、それがもとでハンスは事故で命を落とす。ハンスの後を息子のアンドレが継ぐがへまばかりしている。そのへまに愛想尽かせたコゼツはネロに村の取りしき一切を任せる。しかしネロは絵の勉強が忙しくなってきて、ブラッケン村の内情に手が回りにくくなる。忙しさからネロは病に伏せる。その様子を見てかつてのアロアの主治医だったバートランドがブラッケン村の取りしきを手伝ってくれる。
画家のヘンドリックの下でみるみる才能を発揮するネロ。ネロの研究室には遠く外国から貴族達が多く訪れるようになる。その後まもなく、以前ネロが会ったイギリスの公爵夫人の取り計らいもあり、美術館でネロの作品展が年に数回行われ始める。そして本格的な勉強のためにネロはアロアと共に国費でフランスへ留学する。1年の学びの末、ベルギーに帰国した二人はアントワープの大聖堂で結婚式を挙げる。挙式には国王陛下も参列する。引出物はノエルおじいさんが作った「ブラッケン村の風車のオモチャ」その出来にたいそう喜んだ国王陛下はノエルおじいさんを皇室専属の職人として採用しようとした。その採用式当日、ノエルおじいさんはいつものとおり笛を吹きながらどこかにいってしまった。その後まもなく、国王陛下はネロをルーベンス絵画の修復責任者として召し抱える。

その後、時は20年経ち、世代はネロの子供へ。
ブラッケン村の中心にはパトラッシュが引く荷車の横につきそうジェハンおじいさんの銅像がそびえ立つ。その銅像はジョルジュにコゼツがお願いしたものだった。またジェハンおじいさんの簡易な墓は大きな石碑へ変わりひとつの観光地になる。ネロはアントワープ美術学校の校長。そこは今や世界中から美術を志す若者が集まる名門校になっていた。若く美しいアロアは街の養老院、孤児院の院長となり貧しい人たち、子供達の灯火となって働いていた。そんなネロとアロアとの間には一人男の子がいた。その子は詩の才能があったがアロアに似て、きかんぼうだった。一方鍛冶屋の親方であるジョルジュはマリアという妻との間に女の子がいた。ネロの子とジョルジュの子は大の仲良しで親たちの心配をよそに色々な冒険を始める。
ある日、冒険の途中間違ってポールに大けがをさせてしまい、そのことでネロがローマ大聖堂に捧げるために描いていた「最後の晩餐」を期日までに仕上げられなくなり・・・。


と、このようにストーリーが進むと極めて気持ちが良い。


なんとも、美しくハッピーエンドに繋げないと心苦しい。想像だけでもいいからネロに、彼の美しい生き様に報いたい。
最後非業の死を遂げたにしてもマルチンルーサーキング牧師のごとく
力強く、
正義を貫く
そうであってほしい。
このままでいくとネロの悲劇は美しく生きることへの否定に繋がるようでとても辛いのだ。

作者はそこまでして生より死を持ってこそ救いであると叫びたいのか。
マンガの神、手塚治虫に言わして、
「作者ウィーダはドクターキリコ」
であろう。
いや、そうにちがいない。

# by masatonet | 2011-08-11 23:13 | ヒトリゴト日記 | Trackback | Comments(0)

最近見たアニメの感想

アルプスの少女ハイジ(1974年)
全52話。全て鑑賞後、シュピリの原作「ハイジ上下」を読書後、
もう一度アニメ版52話を鑑賞中。
すべて手書きの背景、モーション。
パソコン処理とはほど遠いアニメーションに改めて感動。
声優達は、日本を代表する名優ばかり。
原作は作者が牧師を祖父に持つだけあって相当キリスト教色強く、
それがストーリー全体に重要な要素であるはずだがアニメ版は全く宗教色がない。
ハイジは、ただ明るいアルプスの女の子として描かれている。
スイス本国ではこのアニメ版は全く評価されていないようだが、
原作を読むとなぜ評価されていないかが理解できる。
シュピリが一番伝えたかったことが一切アニメ版からは伝わってこない。
しかし、2011年現在の全てのアニメーションが忘れてしまった「絵」が
アニメ版ハイジには溢れている。
使われている音楽も本国収録のものや歌詞のしっかりしたものが多く、
その点から推察しても、
自然の中で生きることへの大切さ
本当の教育とは一体何か
大人の子供に対するあり方とは
真の豊かさとは
子供の持つ可能性、それを信じる心
等々、充分伝えるべく描かれた内容には敬服できる。



ニルスのふしぎな旅(1980年)
セルマ・ラーゲルレーヴ(ノーベル賞作家)が書いた傑作。
全4巻の原作も読んでみた。さすが大江健三郎氏が少年時代に感銘を受けただけあり、原作には空から見た情景描写が実に多彩。読者に多種多様なイマジネーションを喚起させる名文が続く。メタファーが多い文章を読み慣れていないとすこし読みづらいかもしれない。
アニメ版は全52話。製作が学研だったのが印象的。
主題歌。実際聞いてみると「音痴?!」と思えるほど音が外れている(笑)。センスは自体は良いが歌唱レベルがご愛敬(笑)。
ニルスの声優の声が気になる。キンキン感が強い。
キャロット役の声優もいまいち。声にハリがない。
しかしアッカ隊長、ダルフィン、モルテン、そしてスイリーの音痴の歌、グスタとラッセの漫才等々、ニルス周辺の声優、アクションは実に上手く、安心して楽しめる。
中でも声優の質が最高に良かったのは悪役の「レックス」。悪役だが全く憎めない。中盤からレックス登場の「歌」まで流れる。悪役だが間違いなく「レックス・ファン」がいるに違いない(笑)。
原作では「レックス」ではなく、「ずる」という名であるが、このキツネは終始ニルスと雁たちの命を狙う。毎回失敗するが声優が圧倒的に上手いので物語を極めて楽しく鑑賞することが出来る。個人的に悪役にここまで笑えたのは初。
ストーリーは「こびとニルスが人間に戻るまでの旅」が中心。
妖精にイタズラしたわんぱくニルスが小人(こびと)にされてしまい、鳥の雁(がん)の群れに交じってガチョウのモルテンの背中に乗って旅をする。その長旅の中でニルスはやさしい心を持ち始める。自分が元に戻るためには旅仲間のモルテンの命が必要であることを知ったニルスは人間に戻ることを諦めるが・・・。
人間嫌いの動物たちと人間の「架け橋」役を務めるニルス。
最初の数話はニルスが動物たちにやり込められすこしイライラするが物語が進んでいくとニルスが良い方向へドンドン成長していき次々に襲いかかる事件を次々解決するので楽しさが増す。
物語は旅先で毎回新しい事件に遭遇し、ニルスが巻き込まれたり、解決したりする。
原則毎回ハッピーエンド、そして最終話、アッカ隊長とニルスが話す、その話がなんともしみじみ。
子供と何度も鑑賞し直すべき名作である。

# by masatonet | 2011-08-11 21:12 | ヒトリゴト日記 | Trackback | Comments(4)

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