断ちモノはエコ願い

「願断ち」というものがある。

「おっとうの病気を治してくだせえ。治るまで、あっしは、でえすきな魚を断ちやす」
なんて、よく時代劇に出てくるようなありふれた民間信仰の一つだ。

イワシの頭も信心から・・・ではないが、最近になって「願断ち」はもしかすると精神界のエコではないかと考えるようになった。

ドラえもんの道具でも「断ちもの願」に関するものが出てくるが、たしかに「自分がとっても好きなモノを断つ」事に意味があるので、好きでも何ともないモノを断ったところで意味がないくらい誰でも分かる。この誰でも分かる・・というところが面白い。

XXXXするまで、OOOをやめる

私も最近になって、願断ちを始めた。

何を断って、何に願を掛けたかは「ひみつ」だが、
いずれにしても、私は三度の飯より好きな「こと」をきっぱり断ったのだ。

願い事が叶ったら、
その時、ここにその「願」はなんだったのか、そして「何を断った」のかを明らかにする。

なにせ自分のコンセントレーションエネルギーが100%、断ったモノ(大好きなモノ)から離れるのだから、願い事が叶う可能性も圧倒的に増えるというものだ。これは極めて合理的だし、なにしろ実に理にかなっている。

まさに未来永劫、願断ちは「エコ願い」ではないだろうか。
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by masatonet | 2012-07-30 20:22 | ヒトリゴト日記