追いやってそんなに楽しいのか?

とかく、人はなにかと「分類」したがる。

学校に行かないと「不登校」とする
成績(特に学業)の高低で「優秀」「劣等」とする
いつも母親と一緒に居ると「マザコン」とする
学校が終わりどこにも行かないと「ひきこもり」やら「ニート」とする
やたらチャラチャラした服装や装飾品を身に付け年齢が親子ほど離れた異性をつれていると「成金」やら「ロリコン」とする。
いい歳して独身でいると、「パラサイトシングル」やら「行かず後家」やら「アラXX」とする
離婚して親元に帰ってくると「出戻り」とする
40歳過ぎて初産やら結婚やらすると、やれ「晩婚」やら「高齢出産」とする。


概ね、社会学者やそれに準じる自称インテリ達がそう「分類」するのだ。
分類しないと研究対象として取り上げにくいのだが、過剰な分類ははっきり言って必要悪だ。

じつに五月蝿すぎて冷静な判断を許さない雰囲気を作っている。馬鹿げている。

分類する人は、そうやって彼らが勝手に作った「中心」より外れた人達を「追いこみ」「十把一絡げ」にすることを平気でする。

まず日本人は、そう言った過剰な分類を止めるべきだ。
もうすこし静かに生きることを良しと出来ないのだろうか?

「まとも」「まもとじゃない」というけれど、一体それはなにを基準に言っているのか。単に税金を払っているか云々ではないのか!

考えると、世の中が上記のように分類して批判している人達はこぞって「税金逃れ」をしている人達のような気がしてならない。とくに過剰に煽る「結婚に関する云々」などは最たる所だ。

まさに、カネが中心の社会なのは周知の事実だが、カネカネカネ言っていると、今度は「拝金主義」と言い出す始末。なにを目指して生きているのか。

一体、この国は国民を幸せにしようとしているのか、追いやろうとしているのか全く不明。
現時点だと、「可能性が高い人達をドンドン精神的に追い込んで行き、ますます事態を悪化させ、ひいては国自身、自分の首を絞めることになる」のは火を見るよりも明らかだ。
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by masatonet | 2012-11-05 10:40 | ヒトリゴト日記