私の手記- memoir -です


by masatokunkeio

婚活に疲れた方にカウンセリング!?

今朝何気なく日経を斜め読みしていると

「婚活に疲れた方へのカウンセリングセンターが出来ました」

という宣伝欄を見つけて家人と共に吹き出してしまった。

「婚活に疲れたって、、、いやはやなんとまあ」
なんでも一生懸命になりすぎな日本人は全くケナゲである。

なにをそんなに慌てているのだろうか。
そんなに「結婚すること」が大切なのだろうか。
未婚はそんなに「負け」なのだろうか。
子供がいないことは「格下」なのか。
車のバックウィンドウに「赤ちゃんが乗っています」等々といったステッカーを貼りたいだけなのか。

それならば、、

若くて配偶者と死別したのは「負け」なのか。
どれだけ苦痛を味わっても子供ができない夫婦は「格下」なのか。
突然の出来事で子供が死んで、夫婦だけになったことは「敗北」なのか。


柔軟性ある考え方を平素から心がけていないと、今の自分にとって何が先ず大切かが見えなくなってくる。価値観は多様性に富んできている。一つの物差しで測ること自体が無理なのだ。

にもかかわらず、平然と孫の話を長々とし続けたり、相手構わず子供の写真入りの葉書や年賀状を送りつけてしまうことのなんと哀れなことよ。

そういった人たちは、おそらく幸せなのだろう。
全く他の価値観が見えないし、知る余地もない。人の傷口を平気で雑菌まみれの手で触る行為に近い。永井隆の言うとおりである。

子供が二人いた友人。
事故で二人とも死んだ。

車で「赤ちゃんが乗っています」のステッカーを見るだけで妻が涙する。

そうして、まもなく、妻は鬱になった。

いろんな多種多様の価値観の人にたくさんであってほしいものだ。
同じような人達だけでくだらないLINEやらフェイスブックやらをやっていては精神病の温床を増やすだけだ。

同じマンションに住む夫婦が3人以上の子持ちが多いから、ウチも次の子供を産む、、、ではいけないのである。主体性を欠いてしまうとその先は間違いなく貧困が待っている。日本の貧困は日増しに悪化の一途を辿る。



マイペースでは心配なのだろうが、誰でも、一人で生まれたのだから、一人で死んで行くのだ。安心という錯覚は妄想であるとなぜ気付かないのだろうか。


疲れる婚活。
疲れた婚活者に言いたい。


「あなたはまず結婚よりも先にしなければならない事があります。それをして下さい。最も大切なことを後回しにするから結婚ばかりにこだわって、今結婚すべき時じゃないのに無理矢理しようとするから疲れるのです」と。
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by masatonet | 2017-01-23 18:09 | ヒトリゴト日記