レンズという人生最高にして最大の誘惑物 その1

カメラをおもちゃにして育つと、まず触ってみたくなるのが「レンズ」。ピカピカしていて透き通っている。小さい、黒くて、ずっしりと重い。話を聞くと、一つのレンズでおもちゃが沢山買えるほど高価。それに触ると決まって「だぁ〜め!」と怒られる。怒られるとまた触りたくなる。
このような、潜在学習ともいうべき、良き洗脳ともいうべき幼年期を過ごすと、気が付くとレンズに惹かれている自分がいる。好きな人の瞳に惹かれるように・・・。
一時、パソコンといった情報機器を追いかける時代の子で自分の流行に流されてしまうが、なんといってもレンズ、レンズ、レンズだけは私の趣味の中で「全く異次元のもの」であった。

人間の目も「レンズ」であることには違いない。
小中学時代、視力が2.0だった私は、人間の目も虫眼鏡のレンズもとにかく「良い」ものが気になっていた。道具袋というものがあり、はさみやのり、コンパスやセロハンテープ等いろいろを入れておいて図工や生活で使う。その中で一番好きだった道具は虫眼鏡だった。焦点を合わせると黒い紙が燃えるのも非常に興味があったが、なにより祖父が買ってくれたドイツ製の虫眼鏡、その質感がお気に入りだった。汚いものを見てもなぜか綺麗に見える魔法の虫眼鏡だったのだ。
祖父の仕事柄、プロのカメラマン(写真を撮ることだけで生活している人たち)と何人か友達になることが出来た。小さい私に、ニコンのFやF2の操作方法を教えてくれた今は無きステキなカメラマンもいた。「兎に角シャッターを切ることが大切だ」ということをいろんなカメラマンが異口同音に言った。
「そうなんだ!」と小さい頭で理解し、一ヶ月36枚撮りフィルムを10本以上撮り、1枚もまともな写真が無く、「カメラにはフィルムを入れないで撮影した方がよい」という教訓を小学校2年生のときに得た。

大好きだった祖父が遺したカメラ。そして、レンズ。
それにふたたび光が当たったのは高校時であった。寮生活をしていた私は、「寮というのは泥棒の住み家である」ということを全く知らず、祖父のカメラを手に乗り込んだ。筆記用具は当然、電気スタンド、電化製品、時計などほとんどと言っていいものが盗まれ、挙げ句の果てに布団すら盗まれた。
 カメラとレンズは泥棒にとって格好の獲物である。高値が付くことは万人が承知していただろう。
しかし、なぜか、祖父のカメラとレンズだけは決して無くならなかった。これは祖父のオーラか? それとも仮に盗んでもすぐばれてしまうからか? 価値が分からなかったのか?
今でも不思議だ。

当時は既にAFの時代で、写真部の99%はAF(オートフォーカス)カメラを使っていた。
私は、いろんな部活に所属(寮生は多くの部活に所属)したが、写真部の部長が私の祖父の形見レンズを見、「こ、これは!」となった。

電気を全て消し、暗い部屋。ASA(現在のISO、感度のこと)を1600に増感。F1.4の開放で、シャッタースピード1/40。もちろん手持ち。F2カメラとモータードライブ、そしてレンズを合わせると2Kg以上なる。手がプルプルと震えるような感じがした。

カーーシャ。

シャッターを切った。
となりの暗室で現像。ぼや〜っと印画紙に出てきたのは、電気を消した部屋の風景。写真部員の笑い顔。写真部を「あ〜!!」という驚きの声がうめつくす。

AFでしかもF値の良くないズームレンズを使う写真部員たちにとって、その当時でも20年以上前の「ぼろっちいカメラ」と「ピント合わせがめんどくさい単焦点マニュアルレンズ」が撮った「絵」。

写真部の顧問の先生、曰く

「写真は99%レンズで決まります」

が脳裏に焼き付いた。



つづく
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by masatonet | 2007-10-01 20:23 | 写真(Photo)