私の手記- memoir -です


by masatokunkeio

カテゴリ:ヒトリゴト日記( 95 )

1968年に発表された日本のアニメーション映画。
いや活動動画と言うべきか。
野比のび太声で有名な小原乃梨子、当時20代として実に若々しい声優として出ているだけでなく、
東野栄二郎、
市原悦子等々
なんとも豪華な声優陣。
個人的に美しい女の子の声を市原悦子がやっているのが一番引っかかった(笑)。

ストーリーは至極ありふれたものだが、手書きのアニメでよくここまで表現できたなと感動を覚える。

宮崎駿、高畑勲という日本を代表するアニメクリエーターの勃起期的な作品であることは否定できない。同時に60年代でここまでの活動動画を作ることが出来た意味は極めて大きい。

最近欧米や韓国等で流行っているレベルのものとは、申し訳ないが桁が違う。

日本が世界に誇るべき活動動画の原点。
アニメーションを学ぶにはまずここから見るべきであることは言うまでも無いだろう。
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by masatonet | 2012-04-15 21:18 | ヒトリゴト日記
最近、変な日本語が多すぎる。その大半は、言語力低下の大人が作った物。
誰かが言い始め(大半は馬鹿な芸能人だろうが)、一気に広がって行く。

ここ数日で特に気になったうちで我慢できなかったものは

「そうなんですね」

以下会話(外交員:G 私:M)

G:外壁塗装のセールスです。
M:宣伝用チラシがございましたらポストへ入れておいて下さい
G:あの、私工事部のものなんで、チラシを持っていないので直接ご説明を・・
(アホウである。人の時間をなんだと思っているのか)
M:今、取り込み中ですから
G:そうなんですね
M:・・・・・・


そうなんですね・・・。どうしてこんな「人を愚弄する言葉」を平気で使えるのか。ここ半年で非常に増えた。子供だけではない。大人の国語力が低下してきた。ITの弊害だ。

そうなんですねぇ・・。なにがそうなのか!(笑)まったく馬鹿馬鹿しい。同意を求めているのか、意味不明に同調したいのだろうが、低脳な人間ほど、「そうなんですね」「なるほどですねぇ」などと自分の無知をボカす言葉を使うことに長けている。


そうなんですねぇぇ〜。

たのむからやめてくれ!!
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by masatonet | 2012-03-11 10:56 | ヒトリゴト日記
一体何が起こったのか。
情報革命って人権侵害なのか。

コンピューターと言われてるものが、「パソコン」と変わり、電話が「固定電話」と変わった現在、
人たちは何を右往左往しているのだろうか。

テレビが茶の間に入って来て、家族の団欒をぶっ壊したのと同じに、
携帯電話の通話代と新機種乗換だけで毎月1万か2万もかかる。パソコン本体の更新も必要!?
これでは、若い世代は、趣味らしい趣味を持とうとすると必然的にITから遠ざかる生活を余儀なくされる。考えることが出来ない人たちは、当然のようにITへ投資し続けている。

IT業界へ金が動きすぎだ。

孫正義が東北震災へ1000億円寄付した是非はともかく、スティーブジョブズがアップル社を世界一の時価総額の企業に育てたのも、

現代人が、
ITに盲目的になりすぎているからではないだろうか。

かくいうこのようなブログもその渦中にある。まさに笑止。

豊かに様々な価値観がドンドン生まれてくるはずの今世紀。
ITというたかがツールであり手段であるものに、それが、それを持つことが目的になっている現代人。
馬鹿馬鹿しいことこの上ない。

まさにこのIT時代は無駄なゲームをやり続けているのと同じだ。
情報を得たり、オンラインで人と知り合ったりすることがそれほど大切なのか。

もっと、自己を、己一人で磨くことが必要なのではないだろうか。

さもすると、そのくだらない渦に飲み込まれそうになってしまいがちだが、
毎日毎日、自分に戻る必要がある。

そのために、音楽を聞く。演奏する。
デジタル時代に「個性の崩壊」という点で大きく警鐘を鳴らしたい。
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by masatonet | 2012-03-07 18:30 | ヒトリゴト日記

あんたら一体何者?

某別紙で好評だった内容を省略して転載。
私がいつも疑問に思っていることをそのまま綴る。

私の近所でいつも毎週土日に帰ってきている40代女性。
子供を連れて実家に毎週帰っているのである。
この時点で疑問が起こらない貴方はすでに奇人。
大体離婚直前ならともかく、結婚後どうして女が毎週毎週実家に帰るのか。
親より大きい車を買ってローンにおわれているのだろうか?
たしかにその女もその実家にいつも停めてある車の2倍くらい大きな車に乗っている。家の駐車場には実家の車が駐めてあるので、路上駐車をせざるを得ない。馬鹿にでかいので横を通りづらいことこの上ない。ただここで問いたいことはそんなくだらない駐禁の問題や愚かなローンの問題ではない。

どうして、婿養子でなく、嫁いだ女が実家に子供を連れて毎週帰ってくるのか

である。
聞くところによると、結婚後夫と共にかどうかはともかく、離婚をするわけでもないのに妻となった女性が彼女の実家に毎週、場合によると毎日?!帰ることが多いようだ。

だって、あんたら嫁いだんでしょ?!
本当に、と・つ・い・だ・の?

って聞きたくなるほど怪奇な現象が見て取れる。別に独身族らを哀れむ暇があったら既婚者達のその怪奇現象も徹底的に調べて欲しいと切望するわけだ。

すでに夫の「家」に嫁ぐという発想は完全に崩壊しつつある。
そもそも既婚女性が子供を連れて毎週実家に大型車に乗ってニコニコしながら帰ってくる。しかも、馬鹿な実家のジジ、ババが大声で「じゃあね!また来週来てね、おばあちゃん待ってるからね!!」なんて大声で叫んでいる。

これが毎週行われる。周りにはばかることなく路上駐車し、大声で騒ぐ。盆正月なら分かるが、それが毎週行われると

あの女は、出戻ったのか

と思わせるが、実際はそうではない。夫も連れて帰ってくる。皆でワイワイ騒いでいる。一緒にファミレスに行く。遊園地に行く。

え?!

である。

しかもその実家のババに言わせると
「妻の実家に婿と孫を連れて帰ってくる。それが家族にとって一番良いのよ」
なんてほざいている。

ち、ち、ちょっと待て!!

ということは、今のサラリーマン夫婦の大半は妻の実家を中心に運営されていて、夫はまさに

人質

な訳である。しかも不幸かな。その夫の不甲斐なさと言ったら無い。妻の尻の下に敷かれるのに終わらず妻の実家にもしっかり気を遣いまくる。確かに気を遣うこと「だけ」は上手い。なぜって、毎日会社で上司や得意先にやっているように妻の実家で振る舞えば良いわけだ。

しかもこの話はこれで終わらない。

その夫の実家がありふれたサラリーマンで妻の実家もそうならどんぐりの背比べだろう。
しかしそうでない場合もある。

夫の実家はそれなりの旧家。妻の実家は大したことない。ただ、結婚式でははったりで名門校だの一流商社だのとまるで自慢大会を繰り広げた結果、不幸にも旧家側が一歩退いたとしよう。
後は、嫁の独壇場。まして子供でも出来たら完全に嫁の実家に入り浸り。

だって、あんた夫の姓になったんでしょ? 夫の実家の伝統や家訓は全く子供に伝わらないまま、姓だけ変わって妻(嫁)の実家の管理下に置かれる。そんな子供は一体何者なの?

姓だけパパで中身は全て(実際全てに近い)ママ。

尻に敷かれっぱなしの夫
やりたい放題の100%自己中心の妻
姓だけ父側でアイデンティティ不明の子
バカ丸出しの妻の実家
ここまでは羞恥心が皆無になった者達

息子(夫)のため?!を思って退いた夫の実家
彼らはプライドを捨てざるを得なかった被害者達


あ・ん・た・ら
一体何者?
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by masatonet | 2011-11-27 18:41 | ヒトリゴト日記

レコード市

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大体クラシックファンなのでLPレコード市ではついついクラシックメインで買ってしまうが、今回はビルエバンス中心に買いました。エバンスだけでも15枚以上。クラシックは1枚あたり200円から1000円くらいですがジャズだと1枚3000円を超えるLPもざら。

過去最大のディスクセールだったようですが、私の購入したLPレコードの合計も過去最大。

一見置き場がなくなってきているが、
そこは掃除好きである私の腕の見せ所。

膨大なレコードが新たに6畳間に入ってきても、以前と変わらないレイアウト。
棚も増えることなく、床の上や壁に立てかけたままのレコードも一切無い。

一人で持てない量のレコードがやってこようとも
それらは皆、私のウサギ小屋書斎の中に綺麗に収まった。
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by masatonet | 2011-10-30 15:56 | ヒトリゴト日記
こんなことが起こっているならまだアラフォー、アラサーと呼ばれた方がよほどましだと思えてならない。今の10代20代に「日本人の心」を見いだそうとすべきでない。
彼ら彼女らは全く宇宙人だ。
99.98%そうである。
日本人に化けて主人公の周りに潜み、主人公を殺して食べようと隙を狙っているのだ。
特に10代後半と20代前半の女子を見ろ。
彼女らが発する「ヒトのことば」のようなものを聞いてみろ。
あれはもう獣人だ。
人間ではない。

おお、神よ。我ら迷える子羊たちを憐れみ給え。
変えることが出来るものと出来ないものを区別する心の安らぎをどうぞ与え給え。


とあるネット上にあった情報より。
(引用ここから)

洋画が危機なのだという。
字幕の漢字が読めず、それが理由で
劇場に行くのをやめる若い観客が増えているのだそうだ。
私が観たテレビの特集では、「第三の男」を見せられたコギャル三人が、
難解(?)なセリフと漢字の続出に退屈しきっている様子が映し出されていた。

そこで、翻訳する側も平易な意訳を心がけ、
やむを得ず使う漢字にはルビを振って対処しているらしい。
まあ、昔の「立川文庫」の少年小説にはすべて漢字にルビが振ってあったと聞くし、
そんな時代への回帰だと思えば腹も立たないか。

現に、私もあるテレビドラマに携わったとき、
「中学生に理解出来るレベルで書いてください」と注文された経験がある。
「難しい言い回しはそれだけでチャンネルを替えられます。
クドイくらいに分かりやすくお願いします」

というわけで、「名状し難い思いで」とか、
「暗然と虚空に目を泳がす」などというト書きは当然のようにご法度。
まあいいかと、「複雑な気持ちで」とか、
「落ち込んだ視線をさまよわせる」と改めるのだが、
本当はそれでもまだ難しいらしい。

「慄然と」は「キャッと」、「憤然と」は「キレて」、「唖然と」は「ヤバいと」。
「嗚咽」も「噎び泣き」も、「涕泣」も「貰い泣き」も、区別なくすべて「号泣」。
「銃声」は「バーン!」、「急ブレーキ」は「キキーッ!」、
「固唾を呑む」は「ゴクリと」。

てな具合に書けば、若いスタッフ・キャストのノリも良く、
視聴者受けも見込まれて20%超えのヒット番組が出来上がる。

というわけでもないだろうが、
せめて「入り口は浅く、出口は深く」という方法論でも模索しない限り、
「考える」という行為をとっくに放棄している若い観客たちの、
奥底にひそむ感動を誘うのは不可能な時代になったことだけは確かなようだ。
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by masatonet | 2011-10-23 20:44 | ヒトリゴト日記

映画 ノックは無用

米 白黒。1952年
マリリン・モンロー。
どうしてモンローはこんな役ばかりなのかと思ってしまうが、幸か不幸かこういう役がピッタリなのだろう。なにも説明しなくてもセクシーさが溢れているのは、観客はモンロー自体に勝手に自分の「セックス癖」を当てはめて見ているからかもしれない。
他の映画でも少し気になったが、モンローのシーンは撮り直しが少ないのか、それとも出来なかったのか、彼女の仕草がダブっているところがある。そのままになっているところからすると監督達も苦労したことだろう。

今回のモンローは精神病院から退院したばかりの情緒が不安定な女性を演じている。
このような演技を見る度に実際に起こった彼女の悲劇的な死を暗示しているように思えてならない。実際、これほどの演技をするためには彼女自身の心をよじれさせ、自身を立ち直れないほど憂鬱にさせたに違いない。比較して悪いが、最近の日本の時代劇やテレビドラマに出てくる人気アイドル達の演技全てが「茶番」であるとすると、このモンローの演技は彼女自身の人生をかけたまさに「命がけ」の演技だと言い切れる。

恋は実らず、来るべき恋は壊される。決してハッピーエンドではない。
どちらかと言うとバッドエンドなのだろうが、モンローが演じると単なるバッドエンドで終わらないのが非常ににくい。

精神が不安定である感じを出し続ける、ずっと宙ぶらりんのまま歩き続ける様、まさにモンロー演技の醍醐味の一つであろう。
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by masatonet | 2011-09-21 00:14 | ヒトリゴト日記

映画 裏窓

米 カラー。1954年
ヒッチコックのサスペンス映画
全てセット。明らかに「人工的に作り上げた風景」の中だけで物語が進んでいく。
自室から全く動けない主役ジェフこと、ジェームズ・ステュアートが退屈しのぎに窓の外から見える近所の人たちのドラマを想像力働かせて見ていくストーリー。

一見、単なる「のぞき」もので退屈そうだが、実際は結構引きつける。
ヒロインのリザをグレース・ケリーが演じているので、女優の「美」は100点。さすがモナコ王妃になっただけはある。ただ、いくらヒッチコックのお気に入りだったとは言え、彼女の美しさはこの映画だけだと100%発揮できていない感がある。

映画の後半はストーリー展開も速まり、身動き取れない主役の代わりにヒロインが動き回る。

しかも、ただ「高みの見物」に終わらず、スリル感が程よくあり、見ていて面白い。
2枚目俳優と世紀の美女のクールな恋物語というサイドストーリーも味な物だ。
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by masatonet | 2011-09-20 23:58 | ヒトリゴト日記

映画 第三の男

英 1949年 白黒。
ジョゼフ・コットン主演。木訥とした演技がよく似合う。ドギマギしたり、突然乱れたりとジョゼフ・コットンの演技自体が、その不可解さあふれる演技自体がこの第三の男のストーリーの厚み作りに一躍買っている。モンローの映画で演じていたジョゼフ・コットンより、やはり第三の男の主役としての彼の方が明らかに「脂がのったうま味100%」の好演であることは間違いない。

そして悪役ハリー・ライムを熱演したのは、かのオーソン・ウェルズ。学生時代にはイングリッシュ・アドベンチャーのナレーションで聞き慣れたあの名優だ。しかしこの映画に出てくるオーソン・ウェルズは若い。あの極めて渋い声ではない。しかし独特な表情で演じるその悪役ぶりには固唾をのんだ。個人的にオーソン・ウェルズは英語の恩師でもあるので悪役をやって欲しくなかったが、やはり彼はこういう役がピッタリなのだろう。もっともオーソン・ウェルズは映画撮影時にいろいろなトラブルを起こしていたようだ。私生活はともかく、やはり彼は個性派俳優でお気に入りNo.1だ。

「スイスの同胞愛、そして500年の平和と民主主義はいったい何をもたらした? 鳩時計だよ」
という原作にないオーソン・ウェルズの台詞は賛否両論あるようだが、強力なメッセージであることは否定できないだろう。闇雲にヒーローを狙う憎らしい悪役ではなく、悪の美が前面に溢れている。テーマ曲も有名。アントン・カラスのダイナミックでもあり、可憐でもある演奏が映画の随所で堪能できる。

映画中の演出もすばらしい。陰影を巧みに生かしたミステリアスなアーティスティックは白黒映画であることもあって本作を単なるサスペンスに終わらせることなく、名フィルム・ノワールへと「美術的作品」へと昇華させている。
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by masatonet | 2011-09-19 10:48 | ヒトリゴト日記

映画 風と共に去りぬ

第12回アカデミー賞作品 1939年 カラー。
DVD2枚組。200分以上の大作。
いつかは見てみようと思っていたがなかなか見るチャンスがなかった。
クラーク・ゲーブルは2枚目俳優。3本のアカデミー賞作品に出演している。
主役はヴィヴィアン・リー。美しい女性の基軸とも言える。
オリヴィア・デ・ハヴィランドも優しい演技。彼女が東京生まれだったことには驚いた。しかも現在も健在。風と共に去りぬに出演するために一騒ぎしたそうだが、映画中では一転、騒ぎを収める役だったのが滑稽だ。
どの俳優達も圧倒的演技力で、最近よくあるような大スペクタクルや爆発シーン無しに観客を引きつける強力な脚本とキャスティングである名映画だ。
黒人差別色が強い。反ニグロ映画ではないとは言え、要所に出てくる白人至上主義的な描写は今となっては全くいただけない。

いくら多くの男に言い寄られても自分の想った一人の男を振り向かせるために必死になる。
つまり想うようにならないこと自体が想い続けるきっかけになっていて、幻想を追い求めているヒロインの姿がなんとも悲哀に満ちている。
自分にとって一番大切なものはすでに自分の周りにあるにも関わらずそれを見ようとはせず、恋の幻惑をさまよい続ける。
最後には、風と共にすべてが去って行く。
しかしそれをただ泣きながら見つめるのではなく、また希望を求めて大地に根を下ろす。
極めてメッセージ性の高い作品である。
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by masatonet | 2011-09-14 09:51 | ヒトリゴト日記