私の手記- memoir -です


by masatokunkeio

カテゴリ:ヒトリゴト日記( 95 )

このブログ設立はそもそも、私がNintendoDSやSONY PSPについて独断を述べようと思ったのがきっかけだった。あっという間に7年の歳月が過ぎた。
その後、WoWというMMO、通称洋ネトゲーに流れていった私だったが、DSLiteやDSLL、PSPgoは買っていた。買ってはいたが、実際にプレイしていたのは自分の周辺にいる子供達。
実際ここ5年以上、DSやPSPに1時間以上触ったことは数回もない。
携帯ゲーム機のマイブームは完全に過ぎ去ってしまった。

そこへ来て、今回のNintendo3DSの1万円値下げニュースだ。
実際、値下げ前に3DSを買った人にはダウンロードゲーム10本を無料で提供するようだが、いずれにしても1万円(88ドル)も値下げする意図は一体何であろうか。

3DS本体の普及

だそうだが、実際は東日本大震災の影響が大きいだろうが、私は3DS自体に魅力を感じない人が多いのではないかと感じる。
30代や40代のファミコン第1世代はTVゲーム創生期に子供だった世代だ。私を含めてTVゲーム=任天堂の系図は崩れ去っていない。しかし、

ゲームそのものの倦怠期

が来ていることは否めないだろう。理由は明白だ。
コンセプトやアイデアが全て出尽くされてしまい、過去のゲームの焼き直しばかり。
リメイクばかりではないか。

「お、懐かしいな!」
と思わせるタイトルばかり。でも購買意欲には全く繋がらない。

ちょっとでも本体の売上げが悪くなれば、すぐに

マリオ
ゼルダ
ポケモン

を発売し、ばん回を図る。
そのやり方ももう見え見えになってしまった。

SONY陣営はPSVitaというPS3に匹敵する性能を持つ次世代PSPを発売するようだが、
はたして・・・。PSPgoを発売当時に買った自分の愚かさを呪った日が昨日のようだ。

コアなゲーマー達は、どんどん携帯ゲーム機から離れていくだろう。
背広を着てDSでゲームをしている20代サラリーマンを公共の場でよく見かけるが、その「青さ」は見るに堪えない。


今後、人々の価値観がますます多様化する中で、
ゲームプレーヤー達の「ゲームに対する価値観」も多様化するに違いない。
Top to Down(トップトゥーダウン)のみでは負け組になるだろう。
日本の会社はNTTにしても任天堂にしてもライセンスにこだわりすぎている。

彼らの負け組への転落。
すでにカウントダウンが始まった。

携帯ゲーム機のオープンソース化を一分でも早く実施すべき。
さもなくば、ユーザーに捨てられる。

役員報酬のカットや無配を考える前に


なぜ、コアゲーマーが携帯ゲーム機から離れていったのかを
真摯に考え直して欲しい。


社員だけのアイデアでものを売る時代は終わりつつある。

売り子の文句だけで商品を買う時代がAMAZONで終焉を迎えたように。


どうしてそれに気づかないのか。


私は不思議でならない。
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by masatonet | 2011-07-31 20:17 | ヒトリゴト日記
原発問題で著名人の多くが叩かれている。
推進派というか、そもそもTVに出ている人はスポンサーのドンである電力会社の前には非力である。

ファンには辛い話だが世の中「お金」が全てを歪ましている。

有名人も知らず知らずのうちに自分の名前を「買われて」、無断に使われている。
いや、中にはそれを知っていてしっかり儲けている芸能人も多いだろう。

被害者はファン達だ。

いつの間にか自分も悪人達へ荷担している。

同罪になる。


影でしっかり儲けているのは巨大組織、そして「国家」。


ロバに乗って風車小屋に立ち向かうドンキーホーテの気持ち
痛いほどよく分かる今日この頃である。
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by masatonet | 2011-06-12 17:55 | ヒトリゴト日記
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(どらさじ+ より転載しました)


20年以上前に見たアニメで「妙に気になり続けていた」作品があった。
覚えていたのは次の5点。

1.首が長いジラフと呼ばれる乗組員が宇宙船に乗っているということ
2.変な球根を食べて頭がおかしくなること
3.カリンというかわいい女の子が出てくること
4.レーザーガンをオモチャにする村の子供からそれを奪い取り身を守ること
5.NECがスポンサーをやっていたこと

記憶がバラバラでいい加減だろう。しかし20年以上前に見たアニメにしては結構鮮明に覚えているので、故に気になり続けていたと言うわけだ。

早速ネットで調べると「宇宙船サジタリウス」という名前のアニメであった。

う〜ん、そんな名前だったかな。。。でも検索すると確かに首が長いジラフというキャラクターが登場している。早速全作品を見てみることにした。

見終わると、私の記憶が結構明確だったと分かった。
1.ジラフという学者肌の乗組員は始終登場している
2.第52話に出てくる「宇宙カコ」という名の麻薬であった
3.第53-54話に出てくる超音速で走ることが出来る114歳の女の子
4.第60話にそういうシーンがあった。
5.当時の番組スポンサーはNECだった
(以上ウィキペディアより)

なんだか長年引っかかっていたものがスルスルと取れたような爽快感があった。



全77回、各回28分程度のアニメーションだ。制作は日本アニメーション。
日本アニメーションの作品で今でも繰り返し見ているものといえば「未来少年コナン」だ。日本からイタリアへ向かう飛行機の中で第1話から第26話(最終話)まで一睡もせず見て同伴者を驚愕させたことは記憶に新しい。(流石にイタリアに着いたときは頭が少々ボーッとしていたが(笑))


トッピーというカバが主人公。関西弁をしゃべるラナというカエルがその仲間。
この辺りは「全く」覚えていなかった。
当然彼らが乗る宇宙船の名前が「サジタリウス」なんていうことも覚えていなかった。

回が進むとジラフが乗組員になり、婚約者のアン教授と結婚する。トッピーと妻ピートにリブとフェローという子が生まれる等々サイドストーリーもゆっくり進むがこのアニメ全体は極々平凡な3人、3世代(20代、30代、40代)の男たちを描いた苦悩物語だったのだ。子供向けにしてはディープすぎる内容だ。どうりでNECがスポンサー訳だ(笑)。

メッセージ性はかなり高い。各回30分弱なので、3回で1話という形を取っている。この宇宙船サジタリウスで毎回起こることをまとめると次の通りである。

テ・クジュペリの『星の王子様』、憲治の『銀河鉄道の夜』、松本零士の『銀河鉄道999』の設定に似ている。つまり

1.毎回、地球周辺にある様々な惑星に到着(というより漂着に近い)する。

2.それぞれの惑星で起こる時事問題・政治問題、時には恋愛問題に巻き込まれる。

3.毎回死にそうになる。

4.惑星の問題を解決し、教訓を得る。そして地球へ帰る。

全ストーリーの根底流れているのは日本のアニメで最も多く取り上げられている「友」「友情」の重要性だ。英雄的ドラマではなく、あくまで「協調」の重要性、それこそがもっとも大切だと毎回説く。全く「出る杭は打たれる」日本の教育システムは子供アニメにはっきり見て取れる。しかしドラえもん等のアニメによくある「安直に友達を助けよう! 喧嘩はいけない!」ムードとは違い、この「宇宙船サジタリウス」では「大人の男女間、夫婦間の複雑な問題」も描いている。カバのトッピー、カエルのラナ、キリンのジラフ。3人はいつも妻や子供、そして家庭、金銭問題に思い悩む。毎回様々な惑星で冒険するわけだが、危機に瀕すると3人とも「家庭問題」を回顧する場面が必ずある。やはり子供用アニメにしては重すぎる、と言うより子供には理解できないだろう。
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by masatonet | 2011-05-12 09:42 | ヒトリゴト日記

Operation TOMODACHI

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100カ国もの国から救援依頼が来て、膨大な救援物資が届いた。賛否両論あると思うが
今回の震災で日本を「当然」のように、かつ「桁外れ」に救助したのはやはり米軍だろう。
あの北朝鮮が1千万円の義援金を日本に送ったことも驚いたが、米軍の多大な救援は世界中に
「日米関係の結束力は最強である」と知らしめたに違いない。

もちろん、在日する米国人が多いからであるが、Operation TOMODACHIには全く驚いた。
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「友」という日の丸マークワッペンを付け、万単位の米軍がまるで自衛隊のように現地入りする姿は65年前敗戦し荒廃した日本で誰が想像できたであろうか。

オバマ大統領の鶴の一声で、まるで「有事」であるが如く、万という米軍が救援したようだ。また、小島のような原子力空母も動く。まさに一心同体。米軍の行動が早すぎで日本政府が対応しきれない事態すら起きた。

2発の原爆投下。そして戦後、安保問題でゴタゴタした。
小学時代「原爆教育」という名の「平和教育」を受けた世代として、このOperation TOMODACHIは21世紀の日米のあり方を深く考えさせる「作戦」であることは間違いなかった。

原爆を投下したパイロット達は米国では英雄である。

しかしそれから65年後、同じ国民が、そして大統領が、Operation TOMODACHIという作戦でかつて「放射能実験した日本」を助ける。

過去のことを水に流すことは大切であるが、なんとも複雑なことであると言えなくもない。
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by masatonet | 2011-05-11 18:40 | ヒトリゴト日記
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この風刺マンガ、国際英字紙インターナショナル・ヘラルド・トリビューンで載ったもの。
こんな記事の記載を許した編集者は即刻首である。
この時期に誤解を招くような内容は却下すべきだ。
被災地の人たちのことを全く無視した極悪非道とも言える行為だ。

売れる記事のためにはなんでもする。
ネタすら作る。
こんなことを平気でする商業化されたマスコミはもはや廃れすべきである。
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by masatonet | 2011-05-10 10:22 | ヒトリゴト日記

次のシンデレラは誰だ

ロイヤルウエディングを見てつい感じたこと。

一市民と結婚した王子様物語は数多い。

大体、あの手のハッピーストーリーは結婚式でいつも話が終わっている。
(実際は残酷な結末であることが真実なのだが、大半の絵本や幼児書籍ではカットされている)
結婚式は目的ではなく、スタート地点であるのに、「結婚式が終点」という常識に欠いた内容を子供達へ擦り込む。まるで「大学入試合格が終点」という荒廃した日本の教育システムと変わりない。
この現実極めて腹立たしい。非常に遺憾である。

さておき、

今回は、かの「シンデレラ物語」とその後について考えてみることにしたい。
王子様と結婚したシンデレラ。その後、どうなったか考えてみると色々興味深い。

王子様は代々王家に生まれ育った。王族環境の中で市井とは違う価値観を持ちそこでシンデレラと出会う。朝から晩まで、着替えから入浴まで側近や従者に囲まれた生活の中で育った王子。それが王子の「普通」なのである。どこかに出かけるにしても良かれ悪しかれ放っておいてもらえない。

シンデレラは貧しい家に生まれ育った。3姉妹の末でいつも貧乏くじを引いていた。苦労の数は人一倍多い。当然、貧しい環境で暮らして行くための知恵は多く持っていた。誰からも注目されない。いつも独りぼっち。家族にすら蔑ろにされている。それがシンデレラの「普通」なのだ。どこに行こうが誰も気づかない、誰も知ろうとしない。
そうして王子と会う。


王家に嫁いだシンデレラ。まさに多く女性が望む「白馬に乗った王子が迎えに来た」わけである。


いきなり始まった王宮での生活。王族達との社交。気高い気質を持つ人々。
知ったかぶりをするほど下品な性格は持っていない。かりに知ったかぶりをしようにも、貧しい生まれのシンデレラにとって生まれて初めてのことばかり。

たちまち、王子側近たちとの不調和に悩み始める。それもそのはず。生活環境に適応しようにも違いが大きすぎてどうにもならない。王子に相談しようにもどう伝えればよいのか分からない。シンデレラは全く「孤立」してしまい、日々塞ぎ込むようになる。
その異変に気づいた王子。ゆっくり2人で話をしたい。しかし不幸にも王子はシンデレラの心境など理解できるわけがない。順境で育ったものは逆境で育ったものの理解など出来ないことは何千年も前から宗教が教えている。その逆もまたしかりである。王子も国事でなにかと多忙。ゆっくり話も出来ない。その間にシンデレラはどんどん沈んで行く。


ここまで「シンデレラ物語」を考えてきて、ふと日本の皇太子の言葉を思い出した。

「雅子は私が守ります」

守る?! 
戦争でもするの? 
誰から守るの?


人は夢の世界だけで「シンデレラの幸せ」を想像できる。
そしてそれにあこがれ、自分にも起こらないものかと日々想像する。
実際、それが起こった人を見てうらやむ。嫉妬する。まるでクジが大当たりした人を見るように。
その白羽の矢が立った人が不幸になるよう祈り始める人すらある。人間とは恐ろしい存在だ。いや、「死すべき存在」はそういう性(さが)をもってこそ「死すべき存在」なのだろう。

独身時、多くのファンをもつ芸能人が結婚する。するとそのファン達は「幸せになって!」なんて応援しつつ、その芸能人が離婚することを切に願うようになる。そう、その芸能人の夫、妻たるべき人間は自分に決まっている。そう真剣に思う「気ちがいじみた恋愛感情」こそファンの本心だ。
気味が悪いほど本音と建て前を極めて上手に使い分ける。みな社会の中で生きているから本音を言えない。


かつてダイアナ妃が事故にあったとき、彼女は集まってきた人たちに向かって何と言っていたか。

「私を放っておいて! 私に構わないで!」

この言葉、なぜかここで私が言いたいこと全てを物語っているように思われてならない。
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by masatonet | 2011-05-10 09:51 | ヒトリゴト日記

M9.0の地震なんて・・。

マグニチュード9.0なんて今まで一度も聞いたことがなかった。
東北関東大震災。

被害に遭われた方の今後の安全と
お亡くなりになった方のご冥福を

心からお祈り致します。

同時に
今平生通り夕食が出来ることに深く感謝しつつ。

そして、今この瞬間に、極めて贅沢なことに
音楽を聴くことが出来ること。

今日のマッキンとLPレコードの音は
今までになく悲しく、辛くそして重い。


フォーレ・レクイレムのLPを聴きつつ
深い深い追悼の念と一家が今無事でいられる事への感謝の念が入り混じる。
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by masatonet | 2011-03-13 19:13 | ヒトリゴト日記
いろんなひとが使い始めて、気になる言葉がある。
老若男女、日本語が狂ってきた。完全におかしい日本語。
今回の「たのむからやめてくれ」は

「それって本当っすか?」

なけなしの貯金を預けるために某金融機関へ行ったときのこと。
私を対応したのは入行したての22歳君。
(カッコ内は私のコメントである)

行員「こちらの商品はXXでして、、、いい感じでして・・(いい感じって何なの?)」
私「この機会にちょくちょく利用させて頂きますのでその時は宜しくお願い致します。」
行員「本当ですか?(おいおい、嘘なんか言わない。それより私はお客だぞ!)」
私「(苦笑)オンラインサービスですが、家族で使うとメリットか何かありますか?」
行員「そうですね、こちらの商品はOOですから、まっ、XXだったらどうかなって。」
(だから!私はあなたの同級生ではない!!)
私「家族でこのキャンペーンに入会しても良いかと思うので」
行員「本当ですか?」
(だ!か!ら!! そのタメ口やめろ!! 疑ってどうする? 銀行に来たお客が「いやいや実は冗談」なんていうのか?? MAKE ME GROSS!!!!)

私「あの、私は一度も嘘なんか言いません。
本当ですかって繰り返し言われていますが嘘に聞こえますか?(爆)」

行員「(とっても慌てて)い、い、いやそういうわけじゃないんです」


まさに愚の骨頂!! 結局その銀行への取引はやめました。
だってMAKE ME GROSSだから。

「まじっすか?」

学生ならまだ良い。お互いに結構冗談を言っているから疑ってかかるのは無理ない。
しかし行員が「まじっすか?」の発展型である「本当っすか(本当ですか)」を連発するのは極めて気持ちが悪い。まあ、不景気だから接客対応がろくに出来ない大卒を窓口へ置かざる得ないのであろう。私の教え子である小学生の方が、この行員よりよほどましな対応をするだろう。


客「それではこのキャンペーン商品を3口契約します」
店員「本当ですか?」

たのむからやめてくれ!!!!!!!
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by masatonet | 2010-12-30 17:02 | ヒトリゴト日記
さすがに、ホンダFITハイブリッドを試乗しに新車のプリウスで行くのはまずいので(笑)、拙宅で誰も乗っていない遊んでいるランクルーザーで近くのホンダ店舗へ行った。

私「FITのハイブリッドを試乗したいのですが。。。
  えっとそれともう一台ハイブリッドありましたよね、なんだったかな」

営業の方「インサイトですか?」

私「そうそう、インサイト(苦笑)。お願いします」

まず、FITのハイブリッド(グリーン色)に試乗。毎日プリウスに乗ること半年。違いは何か、興味津々。まず第一声。。。

「ハンドル軽い!!」

プリウスのハンドルだって重いわけではない。しかし、FITハイブリッドのハンドルは軽かった。
その後2,3分走って気がついたこと。

1,大体試乗車って、平生乗っている車と違うから若干緊張する。しかし!このFIT!とっても運転しやすい!!! ほとんど緊張することなくテストコースを走ることが出来た。

2,ECONモード(いわゆるエコモード)をOFFにして加速の感じをチェック。
加速は圧倒的にプリウスの勝利。ごく一般の車よりはFITハイブリッドの方が良い感じだが、プリウスに比べると悪い。それとも新型プリウスが良すぎるのか?実際4000CC近い排気量のランクルーザーより愛車プリウスの方が加速が良いくらいだから(笑)。

3,車内は、いわゆる「軽装」。とくに広いという感じもしなく、高級感もない。しかし遊び心満載、20,30歳台をターゲットにした気軽な内装だ。父は顔をゆがめていたが、私はそれほど気にならなかった。世代の違いか。


次に、最初名前が出てこなかった(笑)インサイトハイブリッドに試乗。

第一声
「わ、ハンドル重い!(笑)。外が見づらい(苦笑)」
後部座席は若干狭そうだが、運転席、助手席はFITより広い。営業マンの話だと排気量、燃費ともFIT、インサイト同じだそうだ。明らかにインサイトの方が車両が重いはずだが、?!?である。
加速感もFITハイブリッドより若干良い程度。運転のしやすさは圧倒的にFITハイブリッドだ。
しかし安定感がある。高速走行などではインサートの方が良さそうだ。

「FITハイブリッド運転しやすかったですよ」と私がいうと営業マンも「一番売れた車にハイブリッドを載せたんですから!」と自信満々。
実際試乗してみてホンダの売れ線FIT、侮れないと痛感した。


インテリアで言うと、インサイトは遊びすぎの感じがあった(笑)。面白いメーター機器だ。FITハイブリッドも若者向けのインパネだ。正装と言うよりカジュアルファッションというイメージ。


まとめ


新FITハイブリッドはプリウスをかなり意識しているように感じた。内装、外装等プリウスに比べると「軽い」感じはあるが、ツボを押さえている。両車ベースモデルでプリウスより50万FITの方が安い。「これは売れるな」という感じがした。

プリウスは上手くアクセリングするとほとんどモーターだけで走行可能だが、FITハイブリッドやインサートはそれが出来ない。エンジンは通常の車通りかかっていて加速時にモーターがアシストするIMAというシステム。いかにも「エコ運転している」という実感はゼロ。

今でこそ慣れたが、プリウスはモーター上手に使う運転が出来るようになるまで「慣れ」が必要だろう。「慣れ」ないとスピードが面白いくらい出るのであまり省エネ・エコドライブにならない。しかしFITハイブリッドならその心配は要らない。今までのガソリン車と同じような運転でエコが出来るのだ。ブレーキを踏んで停車するとエンジンが自動的に止まるアイドリングストップが唯一「エコしてます!」と言えるところ。他は、全く通常の車と同じ運転でエコドライブ出来るのだ。

正直言って、こんかい試乗したFITハイブリッド、相当惹かれた(笑)。実際購入して6ヶ月間プリウスに乗っていてもFITハイブリッドは「運転しやすくて、ライトで良い感じ!」がした。しかも安い。気楽にエコが出来る車として人気が出ること必死だ。


果たしてFITハイブリッドでプリウス天下に王手をかけることが出来るだろうか?
プリウス所有者として複雑な心境だ。
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by masatonet | 2010-10-29 19:34 | ヒトリゴト日記
「比較の苦しみ」とは托鉢僧で我が師として尊敬する石川洋先生の言葉。
人間、「比較」の中で生活している。
あの顔と、あの車と、あの家と、あの服と、あの宝石と、、あの人のと自分を比較している。
そして苦しんでいる。自己嫌悪、劣等感を抱く。
時には空虚な自己満足、優越感に埋没している。
人間とは憐れな存在だ。

比較から脱することは。。。


なんて、考えておりますが、
わたくし、結構自分自身の持ち物を互いに比較するのが好きで(笑)。
お師匠様、ごめんなさい。


前回に続き、今回も非常に無駄な比較をして楽しみました。
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左がNikon D3sとAF-S NIKKOR 14-24mm f/2.8G ED
右がNikon D90とSIGMA 10-20mm F4-5.6 EX DC HSM

まず重さは?
D3組の完敗(笑)。AF-S NIKKOR 14-24mm f/2.8G EDはレンズだけで1Kg。本体1.2Kg。合わせて2.2Kg。はっきり言って「重い」です。
比べてD90組はレンズ465g。本体620g。合わせて1.8Kg。400gの差はこんなにあるんだと痛感。


大きさは?
比較すべきでない2機種を比較する無謀さ。
D3組は小柄な方へは向きません。特にAF-S NIKKOR 14-24mm f/2.8G EDが大きいです。レンズキャップでお茶が飲めるくらいですから(笑)。使っていて「凄いレンズですねぇ」と言われるのにはもうすっかり慣れました。しかししっかりホールドできます。縦撮りでも気持ちよく撮れます。
D90組。D3と比較すると小さいですが、決して持ちにくい大きさではありません。ただ、別売バッテリーグリップを装着しないと縦撮りが難しいです。



画質は?
初、D3組の圧勝。当然なのですが、発色、逆光特性、ゆがみ率、解像度、どれをとっても14-24mm f/2.8GとD3s相手にはD90組完敗。しかし、10-20mm F4-5.6 EXもどうしてなかなかきれいな絵が撮れます。10-20mmとは35mm換算で15mmからですから14-24mm f/2.8Gとは1mmの差があることは差し引いても、手軽さ、そしてコストパフォーマンスからして納得できる画質です。大きさがそれほど大きくないにもかかわらず期待以上の写真が撮れます。



動画性能は?
14-24mm f/2.8Gは動画を撮るためのレンズではありません。それは10-20mm F4-5.6 EXとて同じ。しかし14-24mm f/2.8Gで動画を撮影すると絞りの「カチカチ」音が頻繁に記録されてしまいます。後でパソコンで見ると内蔵マイクにカチカチ音がよく入っていて気になります。
比べて、10-20mm F4-5.6 EXは、ほとんどそういったレンズ内の動作音は気になりません。もし動画を撮るのであれば、10-20mm F4-5.6 EXの方が良いでしょう。動画画質も確かに14-24mm f/2.8Gの方が上ですが、写真の時のように「大きな差」を感じることはありません。



AF性能は?
文句なく14-24mm f/2.8GのAF性能は圧巻。静かで、高速で、しかも正確にピントを合わせます。特にD3sとセットの時は最高の状態でその能力を発揮します。比べて10-20mm F4-5.6 EXは動作音は聞こえますが静かですが、動作が遅いです。このあたりの超広角レンズはピントを厳密に合わせることが少なく、∞にしたままMFで使うと圧倒的にシャッターを早く切ることが出来るので、AF性能がそこまでよくないことが分かります。



F値と画角の差は?
14-24mm f/2.8Gは14mmからでしかもF2.8通し。10-20mm F4-5.6 EXは実際では15mmからで、F4から。「1mmの差なんてそれ程無いでしょう」と思われたらそれは使ったことがないから(笑)。この辺りの1mm差は「非常に大きな差」です。実際14の方が1周り以上広く撮れます。14だけを何日か使って、その後15mmで撮影すると「あれ? こんなに撮れなかったっけ?!?」と痛感するほど違います。
また、F2.8は日中の通常撮影メインならそれほど威力を発揮しません。凝った撮影をしないかぎり、意外とF4くらいでも全く問題ありません。
どうしても広く撮りたいと思わないのであれば、10-20mm F4-5.6 EXで十分です。
もっとも私は「どうしても可能な限り広く撮りたい人」なので持ち物が許せば14-24mm f/2.8Gを持ちます(笑)。
あまり広角を使ったことがない人には10-20mm F4-5.6 EXを勧めます。15mmで十分です。いや十分すぎると思います(笑)。



携帯性は?
これは10-20mm F4-5.6 EXの圧勝。14-24mm f/2.8Gは下手なハンドバッグでしたら入らないほど大きいです。レンズ自体は300g強14-24mm f/2.8Gの方が重いですが、その300gは大きいです。「重いなぁ」って思います(笑)。


レンズの格好良さは?
14-24mm f/2.8Gは前玉が飛び出しています。保護フィルター使用不可です。
一方10-20mm F4-5.6 EXは一見普通のレンズです。特に「わー、凄いレンズだ」とは見えないでしょう。格好いいかどうかは別に、14-24mm f/2.8Gを付けていたら
「只者ではない」
と思われます(笑)。



つづく。
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by masatonet | 2010-10-15 17:05 | ヒトリゴト日記