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がんばれ日本!

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本年は素晴らしいことがあります。
去年あれだけ大変だったからです。
間違いありません!
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by masatonet | 2012-01-01 21:36 | 掲示板
スペインで行われた村上春樹のカタルーニャ国際賞スピーチ原稿全文を載せます。

広島に生きる私たちが真摯に受け止めるべき内容でした。

******引用ここから******

「非現実的な夢想家として」
 僕がこの前バルセロナを訪れたのは二年前の春のことです。サイン会を開いたとき、驚くほどたくさんの読者が集まってくれました。長い列ができて、一時間半かけてもサインしきれないくらいでした。どうしてそんなに時間がかかったかというと、たくさんの女性の読者たちが僕にキスを求めたからです。それで手間取ってしまった。
 僕はこれまで世界のいろんな都市でサイン会を開きましたが、女性読者にキスを求められたのは、世界でこのバルセロナだけです。それひとつをとっても、バルセロナがどれほど素晴らしい都市であるかがわかります。この長い歴史と高い文化を持つ美しい街に、もう一度戻ってくることができて、とても幸福に思います。
 でも残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく、もう少し深刻な話をしなくてはなりません。
 ご存じのように、去る3月11日午後2時46分に日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。地球の自転が僅かに速まり、一日が百万分の1.8秒短くなるほどの規模の地震でした。
 地震そのものの被害も甚大でしたが、その後襲ってきた津波はすさまじい爪痕を残しました。場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しました。39メートルといえば、普通のビルの10階まで駆け上っても助からないことになります。海岸近くにいた人々は逃げ切れず、二万四千人近くが犠牲になり、そのうちの九千人近くが行方不明のままです。堤防を乗り越えて襲ってきた大波にさらわれ、未だに遺体も見つかっていません。おそらく多くの方々は冷たい海の底に沈んでいるのでしょう。そのことを思うと、もし自分がその立場になっていたらと想像すると、胸が締めつけられます。生き残った人々も、その多くが家族や友人を失い、家や財産を失い、コミュニティーを失い、生活の基盤を失いました。根こそぎ消え失せた集落もあります。生きる希望そのものをむしり取られた人々も数多くおられたはずです。
 日本人であるということは、どうやら多くの自然災害とともに生きていくことを意味しているようです。日本の国土の大部分は、夏から秋にかけて、台風の通り道になっています。毎年必ず大きな被害が出て、多くの人命が失われます。各地で活発な火山活動があります。そしてもちろん地震があります。日本列島はアジア大陸の東の隅に、四つの巨大なプレートの上に乗っかるような、危なっかしいかっこうで位置しています。我々は言うなれば、地震の巣の上で生活を営んでいるようなものです。
 台風がやってくる日にちや道筋はある程度わかりますが、地震については予測がつきません。ただひとつわかっているのは、これで終りではなく、別の大地震が近い将来、間違いなくやってくるということです。おそらくこの20年か30年のあいだに、東京周辺の地域を、マグニチュード8クラスの大型地震が襲うだろうと、多くの学者が予測しています。それは十年後かもしれないし、あるいは明日の午後かもしれません。もし東京のような密集した巨大都市を、直下型の地震が襲ったら、それがどれほどの被害をもたらすことになるのか、正確なところは誰にもわかりません。
 にもかかわらず、東京都内だけで千三百万人の人々が今も「普通の」日々の生活を送っています。人々は相変わらず満員電車に乗って通勤し、高層ビルで働いています。今回の地震のあと、東京の人口が減ったという話は耳にしていません。
 なぜか?あなたはそう尋ねるかもしれません。どうしてそんな恐ろしい場所で、それほど多くの人が当たり前に生活していられるのか?恐怖で頭がおかしくなってしまわないのか、と。
 日本語には無常(mujo)という言葉があります。いつまでも続く状態=常なる状態はひとつとしてない、ということです。この世に生まれたあらゆるものはやがて消滅し、すべてはとどまることなく変移し続ける。永遠の安定とか、依って頼るべき不変不滅のものなどどこにもない。これは仏教から来ている世界観ですが、この「無常」という考え方は、宗教とは少し違った脈絡で、日本人の精神性に強く焼き付けられ、民族的メンタリティーとして、古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。
 「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、いわばあきらめの世界観です。人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だ、という考え方です。しかし日本人はそのようなあきらめの中に、むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。
 自然についていえば、我々は春になれば桜を、夏には蛍を、秋になれば紅葉を愛でます。それも集団的に、習慣的に、そうするのがほとんど自明のことであるかのように、熱心にそれらを観賞します。桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所は、その季節になれば混み合い、ホテルの予約をとることもむずかしくなります。
 どうしてか?
 桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちにその美しさを失ってしまうからです。我々はそのいっときの栄光を目撃するために、遠くまで足を運びます。そしてそれらがただ美しいばかりでなく、目の前で儚く散り、小さな灯りを失い、鮮やかな色を奪われていくことを確認し、むしろほっとするのです。美しさの盛りが通り過ぎ、消え失せていくことに、かえって安心を見出すのです。
 そのような精神性に、果たして自然災害が影響を及ぼしているかどうか、僕にはわかりません。しかし我々が次々に押し寄せる自然災害を乗り越え、ある意味では「仕方ないもの」として受け入れ、被害を集団的に克服するかたちで生き続けてきたのは確かなところです。あるいはその体験は、我々の美意識にも影響を及ぼしたかもしれません。
 今回の大地震で、ほぼすべての日本人は激しいショックを受けましたし、普段から地震に馴れている我々でさえ、その被害の規模の大きさに、今なおたじろいでいます。無力感を抱き、国家の将来に不安さえ感じています。
 でも結局のところ、我々は精神を再編成し、復興に向けて立ち上がっていくでしょう。それについて、僕はあまり心配してはいません。我々はそうやって長い歴史を生き抜いてきた民族なのです。いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。壊れた家屋は建て直せますし、崩れた道路は修復できます。
 結局のところ、我々はこの地球という惑星に勝手に間借りしているわけです。どうかここに住んで下さいと地球に頼まれたわけじゃない。少し揺れたからといって、文句を言うこともできません。ときどき揺れるということが地球の属性のひとつなのだから。好むと好まざるとにかかわらず、そのような自然と共存していくしかありません。
 ここで僕が語りたいのは、建物や道路とは違って、簡単には修復できないものごとについてです。それはたとえば倫理であり、たとえば規範です。それらはかたちを持つ物体ではありません。いったん損なわれてしまえば、簡単に元通りにはできません。機械が用意され、人手が集まり、資材さえ揃えばすぐに拵えられる、というものではないからです。
 僕が語っているのは、具体的に言えば、福島の原子力発電所のことです。
 みなさんもおそらくご存じのように、福島で地震と津波の被害にあった六基の原子炉のうち、少なくとも三基は、修復されないまま、いまだに周辺に放射能を撒き散らしています。メルトダウンがあり、まわりの土壌は汚染され、おそらくはかなりの濃度の放射能を含んだ排水が、近海に流されています。風がそれを広範囲に運びます。
 十万に及ぶ数の人々が、原子力発電所の周辺地域から立ち退きを余儀なくされました。畑や牧場や工場や商店街や港湾は、無人のまま放棄されています。そこに住んでいた人々はもう二度と、その地に戻れないかもしれません。その被害は日本ばかりではなく、まことに申し訳ないのですが、近隣諸国に及ぶことにもなりそうです。
 なぜこのような悲惨な事態がもたらされたのか、その原因はほぼ明らかです。原子力発電所を建設した人々が、これほど大きな津波の到来を想定していなかったためです。何人かの専門家は、かつて同じ規模の大津波がこの地方を襲ったことを指摘し、安全基準の見直しを求めていたのですが、電力会社はそれを真剣には取り上げなかった。なぜなら、何百年かに一度あるかないかという大津波のために、大金を投資するのは、営利企業の歓迎するところではなかったからです。
 また原子力発電所の安全対策を厳しく管理するべき政府も、原子力政策を推し進めるために、その安全基準のレベルを下げていた節が見受けられます。
 我々はそのような事情を調査し、もし過ちがあったなら、明らかにしなくてはなりません。その過ちのために、少なくとも十万を超える数の人々が、土地を捨て、生活を変えることを余儀なくされたのです。我々は腹を立てなくてはならない。当然のことです。
”  日本人はなぜか、もともとあまり腹を立てない民族です。我慢することには長けているけれど、感情を爆発させるのはそれほど得意ではない。そういうところはあるいは、バルセロナ市民とは少し違っているかもしれません。でも今回は、さすがの日本国民も真剣に腹を立てることでしょう。

 しかしそれと同時に我々は、そのような歪んだ構造の存在をこれまで許してきた、あるいは黙認してきた我々自身をも、糾弾しなくてはならないでしょう。今回の事態は、我々の倫理や規範に深くかかわる問題であるからです。

 ご存じのように、我々日本人は歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を持つ国民です。1945年8月、広島と長崎という二つの都市に、米軍の爆撃機によって原子爆弾が投下され、合わせて20万を超す人命が失われました。死者のほとんどが非武装の一般市民でした。しかしここでは、その是非を問うことはしません。

 僕がここで言いたいのは、爆撃直後の20万の死者だけではなく、生き残った人の多くがその後、放射能被曝の症状に苦しみながら、時間をかけて亡くなっていったということです。核爆弾がどれほど破壊的なものであり、放射能がこの世界に、人間の身に、どれほど深い傷跡を残すものかを、我々はそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。

 戦後の日本の歩みには二つの大きな根幹がありました。ひとつは経済の復興であり、もうひとつは戦争行為の放棄です。どのようなことがあっても二度と武力を行使することはしない、経済的に豊かになること、そして平和を希求すること、その二つが日本という国家の新しい指針となりました。

 広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 素晴らしい言葉です。我々は被害者であると同時に、加害者でもある。そこにはそういう意味がこめられています。核という圧倒的な力の前では、我々は誰しも被害者であり、また加害者でもあるのです。その力の脅威にさらされているという点においては、我々はすべて被害者でありますし、その力を引き出したという点においては、またその力の行使を防げなかったという点においては、我々はすべて加害者でもあります。

 そして原爆投下から66年が経過した今、福島第一発電所は、三カ月にわたって放射能をまき散らし、周辺の土壌や海や空気を汚染し続けています。それをいつどのようにして止められるのか、まだ誰にもわかっていません。これは我々日本人が歴史上体験する、二度目の大きな核の被害ですが、今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。我々日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、我々自身の国土を損ない、我々自身の生活を破壊しているのです。

 何故そんなことになったのか?戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた核に対する拒否感は、いったいどこに消えてしまったのでしょう?我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?

 理由は簡単です。「効率」です。

 原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。つまり利益が上がるシステムであるわけです。また日本政府は、とくにオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問を持ち、原子力発電を国策として推し進めるようになりました。電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました。

 そして気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが原子力発電によってまかなわれるようになっていました。国民がよく知らないうちに、地震の多い狭い島国の日本が、世界で三番目に原発の多い国になっていたのです。

 そうなるともうあと戻りはできません。既成事実がつくられてしまったわけです。原子力発電に危惧を抱く人々に対しては「じゃああなたは電気が足りなくてもいいんですね」という脅しのような質問が向けられます。国民の間にも「原発に頼るのも、まあ仕方ないか」という気分が広がります。高温多湿の日本で、夏場にエアコンが使えなくなるのは、ほとんど拷問に等しいからです。原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。

 そのようにして我々はここにいます。効率的であったはずの原子炉は、今や地獄の蓋を開けてしまったかのような、無惨な状態に陥っています。それが現実です。

 原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。

 それは日本が長年にわたって誇ってきた「技術力」神話の崩壊であると同時に、そのような「すり替え」を許してきた、我々日本人の倫理と規範の敗北でもありました。我々は電力会社を非難し、政府を非難します。それは当然のことであり、必要なことです。しかし同時に、我々は自らをも告発しなくてはなりません。我々は被害者であると同時に、加害者でもあるのです。そのことを厳しく見つめなおさなくてはなりません。そうしないことには、またどこかで同じ失敗が繰り返されるでしょう。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 我々はもう一度その言葉を心に刻まなくてはなりません。

 ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中、原爆開発の中心になった人ですが、彼は原子爆弾が広島と長崎に与えた惨状を知り、大きなショックを受けました。そしてトルーマン大統領に向かってこう言ったそうです。

 「大統領、私の両手は血にまみれています」

 トルーマン大統領はきれいに折り畳まれた白いハンカチをポケットから取り出し、言いました。「これで拭きたまえ」

 しかし言うまでもなく、それだけの血をぬぐえる清潔なハンカチなど、この世界のどこを探してもありません。

 我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です。

 我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求すべきだったのです。たとえ世界中が「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。それを使わない日本人は馬鹿だ」とあざ笑ったとしても、我々は原爆体験によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、中心命題に据えるべきだったのです。

 それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の取り方となったはずです。日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的メッセージが必要だった。それは我々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会となったはずです。しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。

 前にも述べましたように、いかに悲惨で深刻なものであれ、我々は自然災害の被害を乗り越えていくことができます。またそれを克服することによって、人の精神がより強く、深いものになる場合もあります。我々はなんとかそれをなし遂げるでしょう。

 壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の仕事になります。しかし損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは我々全員の仕事になります。我々は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり、彼らが受けた痛みや、負った傷を無駄にするまいという自然な気持ちから、その作業に取りかかります。それは素朴で黙々とした、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、みんなで力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心をひとつにして。

 その大がかりな集合作業には、言葉を専門とする我々=職業的作家たちが進んで関われる部分があるはずです。我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させなくてはなりません。そして生き生きとした新しい物語を、そこに芽生えさせ、立ち上げてなくてはなりません。それは我々が共有できる物語であるはずです。それは畑の種蒔き歌のように、人々を励ます律動を持つ物語であるはずです。我々はかつて、まさにそのようにして、戦争によって焦土と化した日本を再建してきました。その原点に、我々は再び立ち戻らなくてはならないでしょう。

 最初にも述べましたように、我々は「無常(mujo)」という移ろいゆく儚い世界に生きています。生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。大きな自然の力の前では、人は無力です。そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアのひとつになっています。しかしそれと同時に、滅びたものに対する敬意と、そのような危機に満ちた脆い世界にありながら、それでもなお生き生きと生き続けることへの静かな決意、そういった前向きの精神性も我々には具わっているはずです。

 僕の作品がカタルーニャの人々に評価され、このような立派な賞をいただけたことを、誇りに思います。我々は住んでいる場所も遠く離れていますし、話す言葉も違います。依って立つ文化も異なっています。しかしなおかつそれと同時に、我々は同じような問題を背負い、同じような悲しみと喜びを抱えた、世界市民同士でもあります。だからこそ、日本人の作家が書いた物語が何冊もカタルーニャ語に翻訳され、人々の手に取られることにもなるのです。僕はそのように、同じひとつの物語を皆さんと分かち合えることを嬉しく思います。夢を見ることは小説家の仕事です。しかし我々にとってより大事な仕事は、人々とその夢を分かち合うことです。その分かち合いの感覚なしに、小説家であることはできません。

 カタルーニャの人々がこれまでの歴史の中で、多くの苦難を乗り越え、ある時期には苛酷な目に遭いながらも、力強く生き続け、豊かな文化を護ってきたことを僕は知っています。我々のあいだには、分かち合えることがきっと数多くあるはずです。

 日本で、このカタルーニャで、あなた方や私たちが等しく「非現実的な夢想家」になることができたら、そのような国境や文化を超えて開かれた「精神のコミュニティー」を形作ることができたら、どんなに素敵だろうと思います。それこそがこの近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを通過してきた我々の、再生への出発点になるのではないかと、僕は考えます。我々は夢を見ることを恐れてはなりません。そして我々の足取りを、「効率」や「便宜」という名前を持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。我々は力強い足取りで前に進んでいく「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。人はいつか死んで、消えていきます。しかしhumanityは残ります。それはいつまでも受け継がれていくものです。我々はまず、その力を信じるものでなくてはなりません。

 最後になりますが、今回の賞金は、地震の被害と、原子力発電所事故の被害にあった人々に、義援金として寄付させていただきたいと思います。そのような機会を与えてくださったカタルーニャの人々と、ジャナラリター・デ・カタルーニャのみなさんに深く感謝します。そして先日のロルカの地震の犠牲になられたみなさんにも、深い哀悼の意を表したいと思います。(バルセロナ共同)
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by masatonet | 2011-06-12 17:20 | 掲示板
原子と人間


人間はまだこの世に生まれていなかった
アミーバもまだ見えなかった
原子はしかし既にそこにあった
水素原子もあった
ウラン原子もあった
原子はいつできたのか
どこでどうしてできたのか
誰も知らない
兎に角そこには原子があった

原子は絶えず動き回っていた
長い長い時間が経過していった
水素原子と酸素原子がぶつかって水ができた
岩ができた
土ができた
原子が沢山集まって複雑な分子ができた
いつのまにかアミーバが動きだした
しまいには人間さえも生れてきた
原子はその間も絶えず活動していた
水の中でも土の中でも
アミーバの中でも
そして人間の身体の中でも
人間はしかしまだ原子を知らなかった
人間の目には見えなかったからである

また長い時間が経過した
人間はゆっくりゆっくりと未開時代から脱却しつつあった
はっきりとした「思想」を持つ人々が現れてきた
ある少数の天才の頭の中に「原子」の姿が浮んだ
人々が原子について想像を逞しくした時代があった
原子の姿が見失われようとする時代もあった
人々が錬金術にうき身をやつす時代もあった
そうこうする中にまた二千年に近い歳月が流れた
「科学者」と呼ばれる人達が次々と登場してきた
原子の姿が急にはっきりしてきた
それがどんなに小さなものであるか
それがどんなに早く動き回っているか
どれだけ違った顔の原子があるか
科学者の答は段々細かくなってきた
彼らは次第に自信を増していった
彼らは断言した
「錬金術は痴人の夢だ
原子は永遠にその姿を変えないものだ
そしてそれは分割できないものだ」

かくて十九世紀も終ろうとしていた
この時科学者は誤りに気付いた
ウラン原子が徐々に壊れつつあることを知ったのだ
人間のいなかった昔から少しづつ壊れつづけていたのだ
壊れたウランからラヂウムができたのだ
崩壊の最後の残骸が鉛となって堆積しているのだ
原子はさらに分割できることを知ったのだ
電子と原子核に再分割できるのだ

やがて二十世紀が訪ずれた
科学者は何度も驚かねばならなかった
何度も反省せねばならなかった
原子の本当の姿は人間の心に描かれていたのとはすっかり違っていた
科学者の努力はしかし無駄ではなかった
「原子とは何か」という問に今度こそ間違いのない答ができるようになった
「原子核は更に分割できるか
それが人間の力でできるか」
これが残された問題であった

この最後の問に対する答は何であったか
「しかり」と科学者が答える時がきた
実験室の片隅で原子核が破壊されただけではなかった
遂に原子爆弾が炸裂したのだ
遂に原子と人間とが直面することになったのだ
巨大な原子力が人間の手に入ったのだ
原子炉の中では新しい原子が絶えず作り出されていた
川の水で始終冷していなければならない程多量の熱が発生していた
人間が近よれば直ぐ死んでしまうほど多量の放射線が発生していた
石炭の代りにウランを燃料とする発電所
もう直にそれができるであろう
錬金術は夢ではなかった
人工ラヂウムは天然ラヂウムを遙かに追越してしまった
原子時代が到来した
人々は輝しい未来を望んだ
人間は遂に原子を征服したのか
いやいやまだ安心はできない
人間が「火」を見つけだしたのは遠い遠い昔である
人間は火をあらゆる方向に駆使してきた
しかし火の危険性は今日でもまだ残っている
火の用心は大切だ
放火犯人が一人もないとはいえない
原子の力はもっと大きい
原子はもっと危険なものだ
原子を征服できたと安心してはならない
人間同志の和解が大切だ
人間自身の向上が必要だ

世界は原子と人間からなる
人間は原子を知った
そこから大きな希望が湧いてきた
そこにはしかし大きな危険もひかえていた
私どもは希望を持とう
そして皆で力をあわせて
危険を避けながら
どこまでも進んでゆこう
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by masatonet | 2011-04-12 14:04 | 掲示板
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by masatonet | 2011-01-01 13:28 | 掲示板
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本年も宜しくお願い致します。
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by masatonet | 2010-01-01 13:06 | 掲示板
日本崩壊の危機?
   ~「結婚してもしなくてもいい70%」の意味を問え!


5日、内閣府が発表した世論調査の結果によると、「結婚は個人の自由だから結婚してもしなくてもどちらでもいい」と答える人が70%にのぼることが分かりました。

 また、「結婚しても必ずしも子供を持つ必要がない」との問いには42.8%が賛成と答え、平成4年の調査開始以来、過去最高となりました。
 一般の新聞紙面上でも取り上げられていたニュースですが、その論調は少し能天気過ぎると私は感じました。これまでも出生率の低下に関連するニュースは度々報道されていましたが、「結婚はしてもしなくてもいい」という回答が70%を占めるという今回の結果は衝撃的です。
私は世界の様々な国を見てきましたが、こんな国は見たことがありません。「価値観の多様化」というような表現で片付けられる問題ではないと思います。

これは、親・学校を通じた日本の教育の結果です。家族・人類を維持していくためにはどういうことが必要なのか、家族の愛情はどれほど重要なものなのか、という「価値観」について日本は教育
できていないということだと思います。

このままでは、日本は「国家」を形成できなくなる危険性すら感じます。
かつて魯迅は日本を訪れた際の感想として、「中国人は砂のようにサラサラしているのに対して、日本人は米のようだ」という趣旨のことを記録として残しています。

当時の日本人という民族は、「非常に人と人の結びつきが強かった」ということでしょうが、残念ながら今の日本人にその面影はありません。
おそらく世界の国で同じような調査を行ったとしても、この日本の数字の半分にも届かない結果になると私は想像します。唯一、日本に近い結果が出る可能性があるのは韓国ですが、それでも日本には遠く及ばないでしょう。

今回の結果は常識では考えられないレベルの数字であり、国家は将来についての危険性を真剣に感じ取るべきだと思います。
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by masatonet | 2009-12-12 15:36 | 掲示板
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by masatonet | 2009-01-01 22:38 | 掲示板
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昨年はたくさんご声援頂き有り難うございました。
本年もよろしくお願いします。
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by masatonet | 2008-01-01 09:52 | 掲示板
●テレビ報道に真実の欠片などない

テレビ朝日「報道ステーション」で、古舘伊知郎キャスターが謝罪しました。

これは、先月27日の放送で、マクドナルドの元店長代理の女性が、マクドナルドの店員の制服を着用し、「店長代理」の名札をつけ、一部商品の調理日時の改ざんがあったと証言したものについて、放送を見た視聴者から「辞めた人が制服を着ているのはおかしい」などの指摘が寄せられたことを受けたものだということです。

ただ、私に言わせれば、このことが記事になること事態が「何を今さら言っているの?」という印象を拭えません。というのは、テレビの報道に真実の欠片などないということを私は多くのテレビ経験の中で学んできたからです。


例えば、一般的にも「ついに!初めて人類が足を踏み入れた土地!」などというテレビ番組がありますが、それが本当に人類初なのかと疑問に思うことがあります。

実際、私もテレビに出演していた頃、ディレクターやプロデューサーから私が本当に言いたいことではなく、「これを言ってくれないと困る」と強制され、番組自体を打ち切ったことがあります。

テレビ報道の実態から言えば、多少の違いこそあれ、全てのテレビ番組の本質は似たようなものです。


対談番組だというから出演してみれば、私が議論において相手をやり込めていると、突然、議論の流れを無視してCMに切り替えられることもしばしばありました。

また、私が元マレーシア首相のマハティール氏に会いに行く時に、単に私に同行しただけなのに、それが「マハティール氏独占単独インタビュー」というような番組になってしまったこともあります。

私は、こんなことを数多く経験しながら、もはや相手にするのも馬鹿らしくなったので、テレビ業界からはとっくに足を洗って、今は自分の番組(スカイパーフェクTV ! 757ch)で自分の主張を展開しているというわけです。




●テレビは漫画と同じようなものだと考えるべき

テレビ業界の問題をひと言で言えば、業界全体が「自分の頭で考えない」人たちで溢れかえっていて、節操のない体質が染み付いていることだと私は思います。

自分で取材することができず、自分でストーリーを作ることができないのです。

だから、ネタの持ち込みがあると安易にそれに飛びつきます。
挙句、視聴率ばかりに重点を置いた脚色と演出によって、事実を誤解されるような番組ばかりが制作されています。

この種の体質は、民放・NHKを問いません。

NHKでも、1時間のインタビュー内容を私に相談することなく、25秒ほどに縮めて放送されたことがあります。

確かに、「やらせ」にはならないでしょうが、私が言いたいことが正しく伝わらず、全く別の解釈をされてしまうという意味では、本質は同じだと私は思います。

このような状況ですから、私たち国民としては「所詮、テレビとはそういうものだ」と思うことが大切です。

漫画を読んで本当のことだと思わないのと同様、テレビを見ても本当のことだと思わない、というレベルで考えるべきだと思います。

数十年に渡って染み付いたテレビ業界の体質が変わるのを待つのは非現実的です。

そして、何度もこのコラムの中で主張していますが、私たち国民一人ひとりが、あらゆる情報を鵜のみにすることなく、自分の頭で考える習慣をつけることが、あらゆる問題に対して重要なのです。

テレビなどに惑わされない自分の考えが持てるようになってもらいたいと思います。

以上


大前先生の視点にはいつも圧巻されてしまいます。
まさに溜飲が下がるとはこのことです!
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by masatonet | 2007-12-21 13:25 | 掲示板
セカンドライフとは?
セカンドライフは無限の可能性
セカンドライフとは、欧米で急成長しているネット上の3D仮想世界です。
ネット上の世界に自分の分身を作り、仮想世界を冒険したり人との交流を楽しむことができます。

セカンドライフの運営は「米リンデンラボ」(カリフォルニア州)という企業が行っており、2003年からセカンドライフの商用サービスを始めています。そして、2007年7月にセカンドライフ日本語版が公開され、日本人ユーザーや日本企業の参入もどんどん増えています。

セカンドライフでは、土地を持つことにより、家やお店を建てることがきます。建物や商品を作るツールは標準装備されていて、誰にでも簡単に3Dのアイテムを作ることができ、作ったアイテムを売り利益を得ることも可能です。

セカンドライフ研究所を持つデジタルハリウッド大学院教授の三淵啓自さん(45)は、
「これは単なるゲームではなく、メールに匹敵する新次元のコミュニケーション手段」と言っています。(日経新聞より)

買い物、交流、冒険はもちろん、ビジネスの可能性も広がるセカンドライフ。
英語版の頃からすでに多くの日本人が参加していて、日本語版が出る前から、アジアでのセカンドライフの参加は日本が1位です。

世界中の人達との交流
セカンドライフはたくさんの住民が行き来する小規模な都市になっており、日々新しいメンバーが参加しています。住民は90か国を超える国々からの参加者です。セカンドライフの面積は、現実世界でいうとシンガポールの面積を超え、これからもユーザーの手で広がっていきます。

セカンドライフの参加者は、60%が男性、40%が女性です。ゲーマー、主婦、アーティスト、ミュージシャン、プログラマー、弁護士、消防士、政治家、大学生、建築家、医師など、職業や年齢に関係なく様々な人がいます。

セカンドライフの登録人口は2007年9月に900万人を突破しました。日本・中国・韓国などアジア圏の言語にも対応し、ますますの人口拡大が予想されます。

セカンドライフでの交流の中心となるのは、チャットを使ったリアルタイムの会話です。もちろん、日本人同士なら日本語での会話ができますし、少量の英語ができるだけで世界中の人達との交流を楽しむことも可能です。

冒険と創造とビジネスの世界
セカンドライフの世界には、ショッピングモール、遊園地、カジノなど、現実世界に存在するあらゆる場所が存在します。さらに、宇宙ステーション、恐竜のいるジャングル、空中都市など、ファンタジーの世界も広がっています。

セカンドライフは、すべてのユーザーが創造し発展させてゆく仮想世界です。創作支援ツールを使い、他のユーザーと協力して、想像できるものなら何でも作ることができます。 人の想像力の続く限り、大きくなる 世界と言えるでしょう。

セカンドライフの冒険をより楽しくしてくれる乗り物も多数存在します。乗り物に乗りいろいろな世界を冒険するのもいいですし、あなた自身が新しい場所や乗り物を作り出すこともできます。セカンドライフでは創作支援ツールが標準装備されていることにより、誰にでも3Dのアイテムや乗り物や建物を作ることができるのです。

また、セカンドライフの特徴の一つとして、創作物の著作権は作った本人にあります。既存のオンラインゲームでもアイテムを作り登録することはできましたが、著作権はゲーム製作者側にありました。セカンドライフでは、創作物の著作権が作った本人に認められていることにより、創作物を売ったり、貸し出したりして利益を得ることもできるのです。

セカンドライフでは、仮想世界での通貨を現実のお金に換金することができます。セカンドライフのクリエイターとして活躍し収入の一部としている人、また現実のビジネスとリンクさせることにより大きな利益を得ている人もいます。

セカンドライフとオンラインゲームとの違い
セカンライフの世界は、ネット上のオンラインゲームのように見えますが、通常のオンラインゲームとは大きく違う点があります。それは「決められたゴール(目的)がない」という点です。

通常のオンラインゲームでは作り手はユーザーにルールを与え、ユーザーはルールの中でゴール(目的)を目指します。一方セカンドライフでは、作り手が与えるのはユーザーの創造を支援するツールです。ユーザーはそのツールを使い自由にカスタマイズすることにより、世界を作り上げていきます。

セカンドライフでは作り手が与えるのは「ルールではなくツール」です。セカンドライフの世界は、ユーザーそれぞれの創造性により無限に発展していきます。オンラインゲームのような、明確なゴールはありません。その辺りはゲームというよりも、本当の人生に近いのかもしれませんね。

ただ、純粋にゲームを楽しみたいのなら、おそらく既存のオンラインゲームの方がおもしろいと思います。通常のオンラインゲームで発展してきたような、主人公を成長させたり、派手な魔法を使ったり、巨大な魔物を倒したりという楽しみ方はセカンドライフではできません。

セカンドライフをオンラインゲームとして捉えるなら、人との交流を中心とした、新しい異質なゲームとして捉えましょう。

企業も営利活動で参入
企業も、セカンドライフ内に土地を買い、ビルや店舗をかまえることにより、現実世界のように営利活動ができます。家や服や車など仮想の商品を売ったり、現実の事業に誘導することもできます。日本語版の始まりに合わせ、日本の大手企業もたくさん参入しています。

企業のセカンドライフへの進出コストは、拠点となるSIMと呼ばれる大きな土地の費用が、初期費用約20万円、月額約3.5万円と低額なため、うまく使えば効果的な販促活動を見込めます。

注意したいのは、セカンドライフの世界は物価が安いため、単純に商品を作って販売するというビジネスプランはなりたちにくいところです。セカンドライフの世界は「販売」というより「宣伝」に適した世界と言えるでしょう。
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by masatonet | 2007-09-15 16:47 | 掲示板