私の手記- memoir -です


by masatokunkeio

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190Eと暮らすカーライフ

祖父が出始めの右ハンドル仕様190Eを買ったのが24年前。
譲り受けガレージで眠っていたのが12年間。
孫の私が乗り始めたのが5年前。
全走行距離4万キロ弱。

兎に角、190Eは壊れます。理由は日本車と比較するとですが(笑)。
修理代の総額で軽自動車は確実、もしかするとカローラくらい買えたかもしれません。

軽薄短小ではない物作りが190Eを運転していると伝わってきます。
ハンドル、レバー、ドア、アクセル、スイッチなど。何をとっても「重い」です。

乗り心地も、う〜ん。なんと言いますか、、価格には匹敵していないことは確かです。
また、「ベンツ」という成金的なブランドイメージとは全く正反対の生活をしている者にとって「ベンツマーク」はかなりの「誤解」を周囲に産んでいるだろうとも痛感します。

ならば、すぐにでも廃車にして、私に相応な安価な国産車にすべきだと何百回考えたことか。


ただ1つ困ったことがあります。
どんな車に乗っても、ついつい考えちゃう癖があることです。


「ああ、この内装って飽きるだろうな。」
「あ〜あ、車に運転させられてるなぁ。。。」と


恐らく、メルセデスに限らず外車に乗り慣れている人なら分かるだろう気持ち。


なぜ、壊れるのに、乗り心地が悪いのに、外車に乗ってるの?
そんなに自慢したいの? お金持ちに見られたいの?

少なくとも私は100%、自慢したいともお金持ちに見られたいとも思いません。
国産車にないものがある、絶対にあります。



ハンドルを回すとノイズがありギアに不具合があることを承知の上で
今日も父の乗らないランクルを横目に190Eで外出。
明らかにランクルの方が楽です。

よし、今日はランクルで・・・
と思ってもなぜが190Eのカギを握っている。

運転させられる車には乗りたくない。
日本車は壊れない。乗り心地だって良い。
だけど、
やはり、運転させられる車には乗りたくない。


高級車になればなるほど、車に運転させられることは確実だろう



憧れはクラウンハイブリッド。
家族を後部座席で。。さぞかし楽で快適だろう。

運転は私。車に監視された運転手。暗闇でも人が見える装置。
不適切にボクが目を閉じても、周囲の危険に応じて自動的にかかるブレーキ。

21世紀の車はまさしく確かにこのようなものだろう。


でも、私は
運転させられる車には乗りたくない。
だって、運転するのは人間(ひと)だから。
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by masatonet | 2009-08-27 23:02 | ヒトリゴト日記
私が住む町は「田舎」です。夜になると人がいなくなる町ですから(笑)。
街灯も少なく、薄暗く、狭い道。
昔のままの暖簾に、アルミサッシの出入り口。
戸を開けると「カラカラカラ」とサッシの軽い音がする。
ラーメン屋の店名も汚れでハッキリ分からず、小さな町角の裏の裏にある小さな店舗。
ふと、そんなとこに行きたくなりました。

その周囲の店は全て閉まり、向こうにある自動販売機の明かりが煌々と周囲を照らしているのみ。
そのラーメン屋の明かりもさほど明るくない。

カップル。家族。老夫婦。友人たち。
暗闇に人が列を作って待っている。
偶に車が通ると、その店の横で徐行しその「行列」の様子を見、通り抜ける。

20人入ったら満員になる店内。作っているのはラーメンのみ。
注文できるのもラーメンのみ。他のメニューは一切無い。

ラジオで野球中継をやっていた。

話をする人もいなく、椅子に腰掛けるとしばらくしてラーメンが出てきた。

健康志向の21世紀。まさにアンチテーゼのNo.2だ。
油が多く、麺の上にのっているものは、薄いチャーシュー3枚ともやしとネギ少々。
麺の量も多くなく、価格も決して安くはない。

麺すすりながら右横を見る。
女の子が化粧を気にしながら黙々と食べている。

スープを飲みながら左横を見る。
連れの向こうには老夫婦がセルフサービスの水を取りに行っている。
その向こうには子連れのママが・・。

「いらっしゃいませ。」
「有り難うございました。」

店の人はおおむねその言葉以外口にしない。


ふと・・・。

郊外の、しかも、
裏の裏で、
狭い店舗で、
田舎で、
ラーメンだけで、

行列ができるラーメン屋。

儲かるだろうからお金を借り込み
店舗を拡げ
メイン通りに進出し
メニューも増やし
バイトをたくさん雇い
なんとかセット、なんとかサービスに精を出し
光熱費をバンバン掛ける。

そんな世間に目もくれず

たんたんと

何十年も同じ味。3人の老人がラーメン一杯に心を込める。

食べ終わり
「ごちそうさま」と。

「ありがとうございました」の背に、
また「カラカラカラ」とアルミサッシを開けて表へ出ると

親子づれ、カップルが3,4組。街灯がない道に並んで待っていた。
時は10時近く。本当に真っ暗だ。

慌ただしい資本主義の世の中で、

このラーメン屋の絶え間ない行列は

私に何かを語りかけてくれた。
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by masatonet | 2009-08-23 15:25 | ヒトリゴト日記
先日MINIクーパーという小さな車に乗りました。
ローバー仕様からBMW仕様に変わり、丸っこくてヘッドライトの雰囲気以外は全く別の車になりました。まあ、BMW仕様の高級小型車という位置づけでしょうか。

車内は極めて狭く、乗り心地は決して良くはなく、ハイオクで、日本人からすると所謂「無駄」が至る所にちりばまっている車。そして、ちょっとスーパーで買い物した程度でいっぱいになるだろうトランクスペースの狭さ、4人乗りとはいっても後部座席はほぼ無いといってもよい。そして値段は300万前後。

ハンドルを握って思ったことは

どうしてこの時代にこのような車が作られ、そして人々が買うのだろうか

ということでした。
前回レポした電気自動車とは全く逆の方向をいっている車。それがMINIクーパーです。
環境問題そこのけ。家族・友人・お客さんそこのけ。

しかし、同時に

運転してどこかに行きたくなる車
運転することが楽しくなる車
車が好きになる車

とは、たぶんMINIのような車をさして言うのだと思います。

もし、一人暮らしなら、絶対買ったのではないか。
そんな車でした。

クラウンやらレクサスでは決してない得られない楽しさがいっぱい詰まった車、MINIクーパー。
この車は21世紀人である私たちが忘れた「なにか」を伝えてくれている

そんな実感がしました。
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by masatonet | 2009-08-18 08:57 | ヒトリゴト日記

AppleTalkと音響カプラ

もうかれこれ20年以上も前の話だ。
パソコン通信とか言う今のインターネットの原点とも言うべきものが流行っていた時代(とき)。
まだ、右も左も分からない私は机の上に無造作に置いてあった白ともカーキ色とも言えぬ機械をいじくっていた。背部のスイッチをONにすると「ポーン」という音がした。
キーボードとなにやらヘンテコな小さな装置の裏には丸い玉が入っていてコロコロと動かす。するとそれにつられて画面の中の「矢印」らしきものが動く! 

これが私とMacintoshPlusとの出会いであった。当時プリンタ云々フルセットで80万近くしたのではないだろうか。内蔵メモリーは1メガバイト。1ギガバイトではない。その当時、日本のパソコンPC9801やFMTownなどの内蔵メモリーは128バイト以下しかなかったのではないだろうか。

知り合いがいろいろといた。私の知り合いではなく親の知り合い。Macintoshを使える人は滅多にいなかった。大抵は日本製のパソコンをもっていて黒い画面に緑の文字でなにやら入力してニヤニヤ笑いあっていた。子供の私にはまさにちんぷんかんぷん。DOSだのBasicだのLogoだのプログラミング言語を知らないと全くもって使うことが出来ないパソコンであった。

ある時、そのパソコンの近くに電話機が置かれてあり、その横に「パソコン通信中につき静かにして下さい」と書いてあるメモがあった。

なにこれ!?!?

音響カプラ!!?! パソコンから配線が受話器へと繋がっていてなにやら「ピーガガガガーザざー」と音がしている。当時から機械っ子であった私はピンと来た。

なにかしている!!


それから半年後、MacintoshにてLocalTalk(現AppleTalk)という通信をプリンターポート使ってやったときの感動は今でも覚えている。

ああ!! とうとう静かにしなくても通信できる時代が来たんだ。
こんなに早くスムーズに通信が出来るからどんなことでも出来るぞ!

たしか100キロバイト程度のデータを送るのに相当時間がかかった。少なくとも数十分。それでもワクワクしていた。楽しかった。


今は、データが音を立てて移動することを聞くのは不可能になった。Localだったら20-30ギガバイト以上を毎秒送ることだって難なく出来る。


しかし、あの時の感動はいつまでも忘れない。
MacintoshPlusはあの時のまま。
私のIntelMacの横でmotorola製のチップ68000xに手書きのサインが入っている。
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by masatonet | 2009-08-11 23:59 | Macフリーカー