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映画 ノックは無用

米 白黒。1952年
マリリン・モンロー。
どうしてモンローはこんな役ばかりなのかと思ってしまうが、幸か不幸かこういう役がピッタリなのだろう。なにも説明しなくてもセクシーさが溢れているのは、観客はモンロー自体に勝手に自分の「セックス癖」を当てはめて見ているからかもしれない。
他の映画でも少し気になったが、モンローのシーンは撮り直しが少ないのか、それとも出来なかったのか、彼女の仕草がダブっているところがある。そのままになっているところからすると監督達も苦労したことだろう。

今回のモンローは精神病院から退院したばかりの情緒が不安定な女性を演じている。
このような演技を見る度に実際に起こった彼女の悲劇的な死を暗示しているように思えてならない。実際、これほどの演技をするためには彼女自身の心をよじれさせ、自身を立ち直れないほど憂鬱にさせたに違いない。比較して悪いが、最近の日本の時代劇やテレビドラマに出てくる人気アイドル達の演技全てが「茶番」であるとすると、このモンローの演技は彼女自身の人生をかけたまさに「命がけ」の演技だと言い切れる。

恋は実らず、来るべき恋は壊される。決してハッピーエンドではない。
どちらかと言うとバッドエンドなのだろうが、モンローが演じると単なるバッドエンドで終わらないのが非常ににくい。

精神が不安定である感じを出し続ける、ずっと宙ぶらりんのまま歩き続ける様、まさにモンロー演技の醍醐味の一つであろう。
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by masatonet | 2011-09-21 00:14 | ヒトリゴト日記

映画 裏窓

米 カラー。1954年
ヒッチコックのサスペンス映画
全てセット。明らかに「人工的に作り上げた風景」の中だけで物語が進んでいく。
自室から全く動けない主役ジェフこと、ジェームズ・ステュアートが退屈しのぎに窓の外から見える近所の人たちのドラマを想像力働かせて見ていくストーリー。

一見、単なる「のぞき」もので退屈そうだが、実際は結構引きつける。
ヒロインのリザをグレース・ケリーが演じているので、女優の「美」は100点。さすがモナコ王妃になっただけはある。ただ、いくらヒッチコックのお気に入りだったとは言え、彼女の美しさはこの映画だけだと100%発揮できていない感がある。

映画の後半はストーリー展開も速まり、身動き取れない主役の代わりにヒロインが動き回る。

しかも、ただ「高みの見物」に終わらず、スリル感が程よくあり、見ていて面白い。
2枚目俳優と世紀の美女のクールな恋物語というサイドストーリーも味な物だ。
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by masatonet | 2011-09-20 23:58 | ヒトリゴト日記

映画 第三の男

英 1949年 白黒。
ジョゼフ・コットン主演。木訥とした演技がよく似合う。ドギマギしたり、突然乱れたりとジョゼフ・コットンの演技自体が、その不可解さあふれる演技自体がこの第三の男のストーリーの厚み作りに一躍買っている。モンローの映画で演じていたジョゼフ・コットンより、やはり第三の男の主役としての彼の方が明らかに「脂がのったうま味100%」の好演であることは間違いない。

そして悪役ハリー・ライムを熱演したのは、かのオーソン・ウェルズ。学生時代にはイングリッシュ・アドベンチャーのナレーションで聞き慣れたあの名優だ。しかしこの映画に出てくるオーソン・ウェルズは若い。あの極めて渋い声ではない。しかし独特な表情で演じるその悪役ぶりには固唾をのんだ。個人的にオーソン・ウェルズは英語の恩師でもあるので悪役をやって欲しくなかったが、やはり彼はこういう役がピッタリなのだろう。もっともオーソン・ウェルズは映画撮影時にいろいろなトラブルを起こしていたようだ。私生活はともかく、やはり彼は個性派俳優でお気に入りNo.1だ。

「スイスの同胞愛、そして500年の平和と民主主義はいったい何をもたらした? 鳩時計だよ」
という原作にないオーソン・ウェルズの台詞は賛否両論あるようだが、強力なメッセージであることは否定できないだろう。闇雲にヒーローを狙う憎らしい悪役ではなく、悪の美が前面に溢れている。テーマ曲も有名。アントン・カラスのダイナミックでもあり、可憐でもある演奏が映画の随所で堪能できる。

映画中の演出もすばらしい。陰影を巧みに生かしたミステリアスなアーティスティックは白黒映画であることもあって本作を単なるサスペンスに終わらせることなく、名フィルム・ノワールへと「美術的作品」へと昇華させている。
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by masatonet | 2011-09-19 10:48 | ヒトリゴト日記

映画 風と共に去りぬ

第12回アカデミー賞作品 1939年 カラー。
DVD2枚組。200分以上の大作。
いつかは見てみようと思っていたがなかなか見るチャンスがなかった。
クラーク・ゲーブルは2枚目俳優。3本のアカデミー賞作品に出演している。
主役はヴィヴィアン・リー。美しい女性の基軸とも言える。
オリヴィア・デ・ハヴィランドも優しい演技。彼女が東京生まれだったことには驚いた。しかも現在も健在。風と共に去りぬに出演するために一騒ぎしたそうだが、映画中では一転、騒ぎを収める役だったのが滑稽だ。
どの俳優達も圧倒的演技力で、最近よくあるような大スペクタクルや爆発シーン無しに観客を引きつける強力な脚本とキャスティングである名映画だ。
黒人差別色が強い。反ニグロ映画ではないとは言え、要所に出てくる白人至上主義的な描写は今となっては全くいただけない。

いくら多くの男に言い寄られても自分の想った一人の男を振り向かせるために必死になる。
つまり想うようにならないこと自体が想い続けるきっかけになっていて、幻想を追い求めているヒロインの姿がなんとも悲哀に満ちている。
自分にとって一番大切なものはすでに自分の周りにあるにも関わらずそれを見ようとはせず、恋の幻惑をさまよい続ける。
最後には、風と共にすべてが去って行く。
しかしそれをただ泣きながら見つめるのではなく、また希望を求めて大地に根を下ろす。
極めてメッセージ性の高い作品である。
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by masatonet | 2011-09-14 09:51 | ヒトリゴト日記
白黒 仏映画 1951年
ヘップバーンが出ているが主役ではない。
保育所のちょっとしたミスからとんでもない話に展開していく、いかにもフランスらしい映画。
聞くところによると日本では未公開の映画らしい。
「この子は誰の赤ちゃんなの??」を巡るジャズバンドメンバーのドタバタ騒ぎ。
ミュージカルであるが、ストーリー展開はすこし意外性も含んでいる。
ヘップバーンがフランス語と英語を巧みに使いこなしているところは見どころ!
性的描写は皆無だが、話題がどことなくセクシー。
退屈になるならない、いろんな意味でギリギリの映画でもある。
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by masatonet | 2011-09-13 08:31 | ヒトリゴト日記

映画 ナイアガラ

映画 ナイアガラ 1953年
米。カラー。マリリン・モンロー。
モンローは悪役、悪女で登場。かの有名なモンローウォークが拝める映画です。
ナイアガラの滝にまつわる殺人ミステリーですが、ストーリー自体は単調です。
マリリン・モンローのミステリアスな死を予見したようなストーリーで鑑賞後なんだがスッキリしませんでした。とは言いましてもモンローの演技はしっかりしていて、わざとらしさは見えません。可憐さはなくなり、まさに「セックスシンボル」のモンローを見ることができます。

なんといっても見所はモンローが随所で着ているド派手なドレス。あのドレスを着こなせるのはモンローくらいでしょう。映画の中でジーン・ピーターズに「私があのドレスを着こなすのは13歳くらいから準備し始めないと・・・」と言わせたのには笑いました。しかしこの台詞というジーン・ピーターズが少し男性らしいのにもうけましたが・・(笑)

ヘップバーンでの「あの帽子」(マイ・フェア・レディ)と言えば、モンローだとこの映画で見せたドレスというくらい強烈な印象を与えてくれます。
健全な演技役としては、ミスオハイオに選ばれたというジーン・ピーターズ。一瞬「え!?ジュディーアンドリュース??」と思いましたが違いました。モンローといい、ピーターズといい、この映画の女優達は美女ばかりです。
一方、男優達はそれほど目立つことはありませんでした。第3の男で有名なジョゼフ・コットン。演技は落ち着いていて、見ていて楽。この映画では観客に恐怖を与える役だがそれほど恐怖は味わえませんでした。

モンローも決して幸福な最後ではなかった。ジーン・ピーターズも億万長者と結婚しても幸せにはならなかった。美しい女性達が幸福になるには、美しい故に苦難の道のりがまっているようです。この映画でモンローに降りかかった悲劇のように、美と幸福の両立はかなり難しいのではないのでしょうか。
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by masatonet | 2011-09-06 23:48 | ヒトリゴト日記
私が日々会っている高校生達。
よく彼ら彼女らの話を聞いているとたった30個程度の言葉しか使っていない。
ホノボの実験ではあるまいし、なぜそれほど言葉に無頓着になってしまったのか。
驚くべきことは女子高生の話し方である。
化粧や髪型や洋服を気にする前に話し方を変えるべきだ。
まさにMade me grossの枢軸がそこに感じ取れる。

ここに2011年、中高生、はたまた大学生達の選んだ21語を記録しておく。

1,がち (がちで?)
2,こいつ
3,いらん(いらんだろー)
4,ないだろ
5,きもい
6,しねや(しね)
7,オレ的(オレ的には)
8,ふつーに
9,やばい(やばくねぇー)
10,てか(つか)
11,は?
12,なんでなん(なんなん)
13,ぶっちゃけ
14,ありえんし(ありえんくねぇ−)
15,いらねぇ
16,めっちゃ
17,みたいなぁ
18,ふつーに
19,まじ(まじで・まじすか)
20,むかつく
21,〜ってる

例えばこのようになる。

つか、は?、まじで、しねや。(対象が生物で無くても使われる。女子高生も使う)

めっちゃ、くそやばくねぇー。(「とても」は死語。「めっちゃ、めっちゃ」と連発する)

がちで、は?、こいつ ふつーに ありえんし。(「こいつ」は無生物にも使う)

ちなみに「がちで、は?、こいつ ふつーに ありえんし。」を訳すとこうなる。
実際全く意味が分かりません。私の経験では想定できないことが起こっていて理解に苦しみます。

考えるに、彼ら「未来の日本人達」の言葉は極めて簡略化されているので、すばやいコミニュケーションにはうってつけだろう。しかし日本には美しい形容詞がいっぱいある。それを忘れて欲しくない。言葉は感情を置き換えるだけの道具では無く、自分の考えを述べるための「思考通路」だ。
問題は、「未来の日本人達」がこのような言葉しか使わなくなることによって彼ら彼女らの「思考」まで単純化してしまうことだ。そうなると諸外国の思う壺だ。

もし、学生でない貴方がこのような言葉を使っていたら、すでに手遅れかもしれない。
一刻も早く離脱を計らないと一家全滅しかねない。年齢を超えて伝染するのだ。

しかし、世の中すべてを20語そこらで表現しようとするこの試みは、一体誰が始めたのだろうか。
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by masatonet | 2011-09-04 14:27 | ヒトリゴト日記