<   2016年 07月 ( 4 )   > この月の画像一覧

弱者という括(くく)り

強者と弱者

そもそも「分類」なんて愚かなことだ。社会的な意義があるにしても滑稽である。「分類」することでその分類学者たる者達もまた分類されることを忘れてはならない。

強者と弱者

社会的弱者
民族差別
貧富の差

区別することからくる集団意識
排他的偏見


以前から北朝鮮問題に関する本を読み続けている。未だたかが20冊足らずだが、かの国の状況たるや悲惨を通り過ぎて言葉を失う。穏やかに日本で過ごしていると隣国の極貧生活など全く知らず仕舞いだったことが悔やまれる。

北朝鮮から日本に「命がけ」で脱出してきて暮らしている人たちもいると聞く。多くは韓国へ行き生活をする。彼ら彼女らのことを「脱北者」という。

言葉とはなんと愚かな者だろう。


私は政治的な事に関与する事はあまり好まないが、この「脱北者」という言葉はなんとかならないのだろうか。「難民」にしてもそうだし、「障害者」もそうだが、各々の言葉が持つ「客観的整合性」は良くわかる。しかしあまりにも直接的過ぎてきまりが悪くなる。

「ニート」やら「ひとり親」やら、とにかく円の中心に属していない人達に、正直言って「排他的存在」として決定的な言葉を当てはめて文字通り区別という名の差別をする事は一刻も早く20世紀の遺産にしてほしい。


いつになったら言葉がもたらす利便性一辺倒から脱出できるのだろうか。


人はみな影と日向を持って生きている。自分だけが円の中心に存在している訳ではない。いや皆、捉え方を変えたら円の外側で生活しているのだ。

自分が勝手に円の中心にいると信じる事をやめて欲しい。

斉藤ひとり氏の『ふつうはつらいよ』という著作を読むまでもなく、ふつうはふつうではないのだ。偏見を持てるほどの身分は決して偏見しない方々である。つまり偏見する人たちは自ずから偏見を持たれている事を示している事になる。

円の中心にいると誇示することは自ずから円の中心にはいない事を言っているに一致する。


広島に原爆を落とした事を正当化する大半のアメリカ人達からすれば、「脱北者」も「真珠湾攻撃した日本人」も分類上では似たようなものだろう。分類とは実に身勝手なものである。

我々は西洋人の捨て駒である。ベトナム戦争しかり、朝鮮戦争しかり、中国の勝手極まる人工島問題でもしかり。

地球規模で国境を越えて世界人類が皆「ヒト」として大きな枠組みで生き始める日が1日でも早く来て欲しいものである。ジョン・レノンのイマジンではないが、そう声高に叫ぶことが出来ないのが誠に残念である。
「祈り」とはそういう時こそ人に与えられた最終手段なのだろうか。
[PR]
by masatonet | 2016-07-29 21:08 | ヒトリゴト日記
ゆとり世代
貧困

因果関係がないとは言えそうもない。
2016年現在で、2、30代がおよそゆとり世代となるし、恐ろしいことにその世代が子育て、さもすると小学生くらいの子供を育てている。ゆとり世代親達は実に自信満々である。迷惑千万なのは他でもなく子供達だ。

ゆとり世代の特徴は、全てがフラットだという事。つまり敬も譲もなく、全てが自分達と「同一レベルでそれを良しとする」事である。プア充などもまさにこの世代の醍醐味である。

「あのねぇ、山本さん」と気軽に呼びかけるのは大学生の絢香。山本さんとは学部長の山本誠一郎。山本が授業態度の事等で注意しようものなら「はぁ?なに勝手にキレとん?」とキョトンとする絢香。

上記のような、まさに「教育の地獄化」がもはや日常化している今日この頃である。

ゆとり世代
貧困

繋がっただろうか?
賢明な読者諸氏はすでに大きくうなずいただろう。

貧困の原因を一言で言うのは不可能だが、多くは「教育環境」に潜在していると考える。より良い相談相手が不足した状態で貧困から抜け出る事ができない事は巷の溢れる該当の書籍を読まずとも分かる。「教育環境」の不平等は多くの場合世襲されよう。逆もまた然りであり、よい「教育環境」で社会的な貧困とは程遠い生活をしている人達は、一代でというよりも、そのよりよい「教育環境」は世襲された場合が多い事実がある。周知の事実は、豊かな暮らしの子供は、それが親や先祖に全て依存されているわけであって、よほど稀なケースを除けば、子供の貧困は親の貧困である。


では、重ねて考えるが、どうしてそこまで貧困が広がるのか。ここまで物質的に豊かで、また肉体的に安楽な環境であるにもかかわらず、富裕と貧困の決定的なまでの二極化が進むのだろうか。

経済評論家の長谷川慶太郎氏の言葉を借りると「金と情報はあるところにしかない」となる。そして、その「あるところ」とはまさに「上質な教育環境」のことなのだ。

するとたちどころに勘違いされそうだが、教育環境は自ら手に入れる事ができるわけで、決して現状の教育環境から逃避できないなどとは毛頭考えていない。つまり、自分から積極的によい環境を見つけるべく動けばよいのである。しかしそれができない、それが出来れば話が早いが、などと貧困研究従事者から非難が聞こえてきそうだ。

ここで立ち止まって考えてもらいたい。

なぜ、それが出来ないのか、つまり自分から積極的によりよい教育環境を見つけようとしないのか
という問題について考えられたい。

筆者は「敬と譲」の完全な欠如がその一因ではないかと思われてならない。

敬うことと謙(へりくだ)ること。一昔前の日本人なら当然それを持ち得た。しかし、全く死語となってしまった。

人を敬うことが出来ずに、どうやって教育を受けるのだろうか。
謙ることなしに、どうやって自己研鑽出来るのだろうか。

「敬と譲」が失われた国家は衰退の一途を行く。日本人の根底にあったそれらの美徳は、二宮尊徳や上杉鷹山らによって世界的に知られることとなったが、不幸にして第二次大戦後アメリカにして徹底的に打ち壊されて現在のプア充へと繋がってゆく。


自分達は「先生ら」と対等で、往々にして「先生ら」よりもよく知っている、「先生ら」はただ古いだけで、、、のような教育環境の捉え方がまかり通っている。そうなると、残された道はただ一つ。自分のレベル以下の人間関係を築き、その殻の中に閉じこもり、その中で税金を貪り、しかも絶対的に貧困におかれた状況を全く満足し続けるために「劣等を充足感に置き換える生活」を送ることを余儀なくされる。

ゆとり世代
貧困

「敬と譲」はこうして完全に忘れ去られた。


井の中の蛙大海を知らず。初潮を迎えた保育園児が保育園児を育てる時代。

もし日本人がその偉大な精神を取り戻すなら、まず「敬と譲」を取り戻すべきだ。
待機児童うんぬんでも保育士うんぬんでも全く解決にならない。
一体なにをやっているのだろうか。
全く迷走したいとしか思えない。

自分がお山の大将ではなく、まず目の前の人を敬うこと。
自分は何も知らないことを知ってへりくだり(決して劣等感を抱けとは微塵も言っていない)、1から学びなおす事。

できる事は、それぐらいだ。

ゆとり世代
貧困

強固に繋がりつつあるその2つの言葉は、今後日本の精神的前線となるだろう。
[PR]
by masatonet | 2016-07-20 20:15 | ヒトリゴト日記
コアコミュニケーション(核コミュニケーション)つまり、人間の関係の原点なるコミュニケーション。人間存在の最根底にあるコミュニケーションは男と女の性行為によるコミュニケーションであり、そこからすべてが始まる。動物的本能として交尾欲求は不滅であろうが、そのコアコミュニケーションの原点がここ最近揺らぎ始めている。

金銭的に、境遇的に結婚できない状態で無いにもかかわらず、結婚をしない人が増えていることは明白である。

結婚しない方が気が楽という画一的な理由で、先の本能的なコアコミュニケーションを自在に制御出来るほど我々は聖職者的禁欲さは微塵も無い。セックスはしたいし、自分の子供は欲しい。しかも結婚できないのではなく、結婚しない訳である。

苦労を分かち合うのではなく、苦労を二倍にして二人で共有するのが結婚生活だろう。さらに現在において最重要問題として、金銭的経済的な問題もある。必然的にパートナーへの出費が発生するからお金が無いと当然結婚できない。ただしこの問題は私個人的には全くと言っていいほど関係無いので、不謹慎と思われるかもしれないが、「お金が無いから結婚できない」という問題一切は無視除外する。

一人だけでは考えが広がらない。しかしだからと言って二人だと広がるかと言えばそうではない。考えられる事は、自分一人だと自分勝手に振る舞え続けることが出来るので、抑えがきかなくなる。ワガママし放題な訳だ。それを抑制するには二人以上で暮らすことが必要だろう。

配偶者を数人養えるだけの収入があっても結婚しない。つまりお金がないから結婚できないのではない。お金があるから結婚しない。

玉の輿

かつてはそのような言葉があった。今でも使うだろうが、考えるに、死語になりつつあるように思う。
玉の輿が理想だと言うつもりはないが、経済的に困窮している家庭の女性達が、これほどまでに玉の輿に乗れない時代も、もしかすると今までなかったのではないだろうが。

空威張り

私は統合失調症です!現在は精神病なんて風邪と同じ皆持っている病ですから!!!
ウチはビンボーですが幸せです!お金持ちなんて興味ありませんし!
今とっても楽しいです。結婚なんて考えていません。だって毎日楽しいから!!!!

まあ、本音だろうが、別にことさら自慢して欲しい内容でもない。何かとストレートに自己主張する教育を受けてきた、特に「ゆとり世代」は、羞恥心は皆無であり、まして謙虚さ、そして尊敬心など皆無である。

素直さ

松下幸之助が大切にした言葉である。私も決して素直ではないが、自分の気持ちだけには素直であるつもりだ。しかし、自分の心、気持ちにも素直でない人が多くなってきている。特にそういう女性が多いのではないか。

常に空威張りを続けている。そんなに威張らなくても良い。なにをそんなに威張っているのだろうか。そんなに貴方へ劣等感を抱かせているのは何か。


私は結婚したいです。ビンボーですし、顔だって良くはありません。お金の苦労はしたく無いのでお金がある人が良いですが、分不相応と言われても良いですから、だからそのかわり一生懸命頑張ります。自分に足らないところを一所懸命勉強するつもりです。それに子育てだって、もちろん完璧には出来ませんが、足らないところは夫婦で補い合って行きたいです。でももしかすると自分に出来ることなんて子供を産むことぐらいかもしれません。それでも一生懸命やります。お金も少しでも増やすよう勉強して頑張ります。こんな「程度」の私ですが、ほか何か必要ですか。

3、40年位前なら、玉の輿に乗った女性達が使ったが落とし文句!?が上記のようであっても不思議では無い。そんな謙虚な女性なんて存在するはずないし、上の文句でも全くの嘘である。そんなのが嘘なんて、ちょっと賢い男なら誰でも解る。


しかしである。



そんな、真っ赤なウソですらつく事のできない時代が現代なのだ。冗談でも良いからそんな「ウソの謙虚さ」でも拝みたいくらいだ。ウソの素直さですら、どこに行ってしまったのだろうか。

正直の上にバカがついて、自分に「バカ」正直に生きている独身が圧倒的に増えた。謙虚では無い。自分の気持ちを誤魔化して、客観テストで満点を取る事ばかりの教育を受けてきた最大の弊害である、自分という個性を消して、妙に良い子ぶりっ子し続けている。出来なくても出来ているかのように空威張りをし続ける。


「あ、あの子結婚したんだ。男も可哀想に」と思えても、「あの子取られた!ちょっと待ったぁ!!」とは思えないほど愛嬌も悪く、ガラも悪く、生意気の塊で、上から目線で、支配欲と独占欲の屍であっては、魂の抜け殻のようなオスしか交尾にやってこない。メスがやらせてやる訳で、食べ物も与えてやらないといけない。養い手はメスであり、オスは不甲斐ないほど好まれ、「こんなボクでも良いのでしょうか?」みたいな女の腐ったような輩の方が、飛ぶように売れる、つまり圧倒的に婿の貰い手(笑)がある訳だ。


そうなると、当然、質が高い男性との交流は一切行われない。男は自分(女)より常に弱々しく質が低くないと「ヨチヨチ、お利口さん」と頭を撫でられない。頭をなでられるなんて絶対に我慢出来ない。女が男を見下さないと全てが始まらないからである。


それが、現代の最大の問題である「子供の貧困」につながっている。大体おかしいのだ。お金を持っている人が結婚すれば良いものを、そうで無い人同士が、貧乏人同士が子作りを無造作に続けている。その二極化が甚だしい。私を含めて、教育や資産を多く蓄えている独身が多くいる一方で、なぜここまで子供が貧困になる原因があるのか。

答えは明白である。玉の輿がなくなったせいだ。別に冷やかしているのではない。傲慢な貧乏人が膨大に増えたのだ。プア充なのだ。これほど傲慢な事はない。

自分が産む子は、貧しくなって欲しくない

と正直に言えば良い。なぜそれすら言えないのか。お金なんて関係ない、愛情だ、価値観だ、などと寝言を言いつづけて、結婚後翌日にして、どうやって生活するのかと喧々するのだろう。


ごちゃごちゃ考えずに、サッサと結婚しろ!

とロクでもない配偶者がいる動物化させられたホモサピエンスが言いそうだが、考えないといけないのだ。考えないから貧困になるのだ。その点が全く分かっていない。いやもう少し丁寧に訂正すると、考えなければならない事を徹底的に考えなければならないのだ。ノイローゼは考えなくてもよい事ばかりを考えているから起こる訳で、鬱もそこから始まる。


貧乏を
精神病を
自分の短所を

自信過剰に自慢して来る。つまり、端的に言えば、教育されていない状態なのだが、それでは質を上げる事など不可能で、それを否定するしかもはや生きる手立てはない。


玉の輿

最も合理的な質の上げ方だろうが、まず「ウソ」でも良いから謙虚にならないといけない。

コアコミュニケーションにおいて、そのような「ウソ」はなによりも大切だ。バカ正直では、貧乏のまま、それをバカみたく肯定し続ける、プア充の生活が全てであって、プア充が多額納税者が収めた膨大な税金を無駄に使い続ければ、そう遠くない日、日本は崩壊する。
[PR]
by masatonet | 2016-07-17 21:48 | ヒトリゴト日記

場当たり的人生万歳

人皆出たとこ勝負で人生を進ませる。
天変地異が起きると今までの計画などは無に還る。
人の死も歳の順ではない。

自転車操業的な人生設計を作り続けている。その自覚があろうがなかろうがである。

自分の興味は相手の興味であると信じ込んでいる。
偽善的である。逆の立場は想像もつかない。

本音と建前で生きているのだが、いつの間にか建前が本音のような気がしている。


独身者を見つけると、「そろそろ・・」と話を「建前」で持ちかけるくせして、自分自身の夫婦関係が絶望的だと語る更年期の女。自分の息子夫婦が警察沙汰の夫婦問題を何度も起こしているにも関わらず、息子と同世代の独身者の結婚話ばかりを進めるノイローゼ老婆。

行かず後家を見つけると「そんな性格じゃお嫁に・・・」なんて余計なお節介をやくくせに、自分の40年来引きこもりだった息子が「無事に」ニートだった「女」と結婚できたと自慢する統合失調症の老人。

嫁が3人目の孫を産み、その写真を方々に持って行き「かわいいでしょ、かわいいでしょ」と連呼しまくり自慢する傍ら、嫁の実家の異常なまでに年若い母親のADHDの深刻さを捲し立てて話し続ける早婚女。

60歳近くの独身女が両親の下のお世話しつつ、方々に自分がいかに立派な女かを自慢しまくっている。40年以上親から逃げて都会生活を続けていたが、精も根も尽き果てて「親孝行という名の偽善者」になって今度は結婚できなかった我慢ならない自分自身から逃げようと必死。

親に殺されるばかりの暴力で育った20代女。徹底的な自己嫌悪であり、毎晩恐怖観念に取り憑かれていてもそれは「仕方がない」事とばかり平然を装う。しかし装うのも限度あって、「私はもう大丈夫」と信じきるために、自己逃避のための常套手段として、生贄を見つけた。生贄つまり「なにも出来ないダメな男」と同棲を始めたのだ。「このダメ男は絶対に自分を捨てることなど出来ない、私が助けないとこの男はダメなの」と自己嫌悪の裏に潜む徹底的なメサイヤコンプレックスの塊の女。

是非結婚観を聞きたいようなステキな老夫婦は彼等の結婚観など一切触れない一方で、絶対に結婚観など聞きたくないようなダサい老夫婦は「必ず」と言っていいほど、強引な結婚観を押し付けてくる。独身でいると最後には憐れまれる始末。よほどコンプレックスの塊の人生だったのだろう老人。

子供がいない夫婦に得々と孫の自慢話をし続ける田舎の安寺の女。「まあ、子供がいないの??どうして、、、まあ。。孫はかわいいのに。うちの下の娘なんか・・。」と永遠と捲したてる。話は極めて表面的でどの子供の家族も「最高に上手くいっている」と自慢口調だが、自分が自慢出来ると思っているところだけを話しているだけで実が全くない。


自分の価値観という狭い範囲でしか考える事ができない人達は、子供のような「自慢」をするが、少しでも深くを見つめると、「自慢」は憐憫に直結しているを自ら呈している。



どうして、自分が全ての問題を起こしていると気が付かないのだろうか。

自分が不幸になっている原因が結婚なら、それを臆面もなく勧めるのはキチガイの他適切な表現があるだろうか。

いや、それとも、自分だけ不幸になるのでは気が済まず、「幸せな独身者(笑)」に不幸な結婚をさせて道連れにしようとしているのだろうか。

いや、結婚以外道はないから、結婚しない人はマトモな人間ではないと信じているのだろうか。

いや、結婚せず幸せに人生進まれたら、自分のダサい結婚生活を一切否定されてしまうことが怖いのか。

いや、結婚が唯一絶対の幸せへの道なのか。芸能人の離婚ニュースが最高に好きなくせして。


ちょっとでいいから立ち止まってよ。
バタバタ慌てないで。

なにをそんなに死に急いでいるの?
なにをそんなに不幸に急いでいるの?
相手を騙して結婚しても、相手はもっと貴方を騙してるよ?なにやってんの?
あ、そうか、騙されたいんだよね?
ちょっとでもマトモだったら相手にただ騙されたいんだよね?
傷を舐めあっても次の日には舐め方の不満を言うだけじゃないの?
お互いの「経済的救済活動」じゃないの、結婚って?性がらみで逃れられなくしといて。
「婚活」って「税収」の為って知ってるの?
一人で寂しいって本当なの?そういう人って二人でも何人いても寂しいって言っているよ?
家族って慰めあってるの?棺桶運ぶ人員を毎日見てそんなに安心なの?貴方の葬式の事は100%貴方は知らないし、どうにも出来ないのに?
それ、本当に必要だったの?
一時(いっとき)でも夫や妻が邪魔だなって思っているんじゃないの?
幸せだって信じているけれど、もっと他の幸せがあるかもしれないとは考えれられないの?

唯一の幸せがそれだってどういう理由でそう言い切れるの?
それって「とりあえず」少なくとも他の幸せを知っているからそう断言してるんだよね?

恋愛を語っているけど、お爺さん、お婆さん、昔「なんにん」からでなく「何十人」から求婚されたの?言い寄ったんじゃなくて、言い寄られた数をきかせて?
いや、いわなくてもいいや。一目見ればお爺さんやお婆さんがどのくらいモテたかわかるもん(笑)。昔の話を聴いたり写真を見なくても、その歳取った姿で昔を語っている事実を知らないの?

孫、甥、姪かわいいでしょって言っているけれど、本当に心からそう思っているの?
代々精神病なのに子供いっぱい作って、その子や孫を見て本当に喜んでるの?悩む頭って一度でいいから持ってみてよ。可愛くて仕方がない子や孫が全部精神病になる未来がそう遠くないことが分かると、怖くなって子作り出来ないばかりか、結婚すら出来なくなるから。そんな話すら呪われている事が分かるでしょ?
私はもう大丈夫って言っているけれど、毎晩悪夢を見ているんでしょ?
それって全く「大丈夫ではない」致命的な状況なの。言葉は正しく使えるようにならないと、気がつけば完全に手遅れになるのが分からないの?

頼むから、自分の代で「狂った人生」を止めて欲しい。
立ち止まって、ちょっとでもマトモな悩める頭を持って欲しい。
写真見て「いい人じゃない」ってどうして分かるの?犬猫みたいに夫や妻を選ぶなんて訳が分からない当人達にしては大迷惑。
いや、迷惑じゃないか、それほど頭良くないから、悩めるほど出来ていないから、お金持ちをバカにして自らお金がない同士が子作りして「罪のない子供の人生」に命がけで壊しても全く平気。自分たちも壊されたから。

頭がおかしいのは「なにも分からず見た目至上主義でバカみたいに結婚している人や、優越感や劣等感で同棲している虚弱女や交尾目的のオスや、金が無いのに子作りをしている人達」であって、独身者たちではない。

まもなく、その審判が下される。

子供の貧困
親の品格低下
などはまだまだそのほんの予兆だ。

なにも考えずに、バタバタ結婚しちゃった人達

覚悟しなさい。

まもなくではない。
すでに審判は下った。

人は皆一人で生まれ、そして死ぬ。

そんな当然の運命に逆らった「考えない、場当たり的人生」を作って、自分の人生から逃げ、「楽しく身勝手な普通」を満喫しているとどんでん返しがすぐそこまで来ていることすら気付かない。

この極めて本音で書きなぐったブログ記事が一人でも「少ない」人に読まれる事を祈っている。
なぜなら、皆が愚かで「同じ間違い」を繰り返すような生活の中でうごめくよう仕向ける老人達の子や孫は「真実に気付かない方が幸せ」だからだ。
[PR]
by masatonet | 2016-07-13 17:06 | ヒトリゴト日記